世間はわずらわしい。ひとり自分の巣の中で、眺めていたい、人々の祭りを。踊りを。人生のゲームを。そんな日々を、神ならぬ天狗も、そして、もしかして、あなたも望んでいるかしら。それは魅力的なあなただけの巣ごもり楽園。でも、そこには危険な罠が・・。
新潟のむかし話2「天狗のかくれ蓑笠」を読んだ人々は、みな、口々に問うのだった。
「天狗どんは、じさに騙されて、竹筒とかくれ蓑笠を交換して、かくれ蓑笠をとられちゃったんでしょ。それで、ただ、あきらめたということなの?天狗なのにプライドなさすぎない?」
「天狗どんって、意外と気が小さいのかしら?」
「天狗どんの鼻は、へし折られたわけ?あれから天狗の鼻はどうなったのかしら?」
そこで、わたしは天狗どんに取材を試みた。以下は天狗どんの陳述である。
わしは、越後の山に住む天狗じゃ。どんわん。わしは翼があるでのう。鳥のように自由に空を飛びまわることができるのじゃ。どこにでも行ける。空から地上を眺めるのじゃ。どんわん。面白いのう。わしは、祭りが大好きじゃ。地元の長岡花火に、お江戸の祭り、京の都の祭り・・東に南に、あちこち見に行く。どんわん。にぎやかじゃ。わしは、村や町に降りて祭りのごっつお、いただくがのう。うんまいのう。わしは悪さはせぬぞ。山の神と拝まれているでのう。どんわん。
だがのう、わしが、住処の天狗松で寝とると、
「あ、大風だ。唸っている。天狗が吠えている。」
わしは、そんな大いびきをかいてはおらぬのじゃ、どんわん。
わしが、木の巣で寝がえりをうつと、
「ああー、地震だ。家が揺れる、木が倒れる。天狗のゆさぶりだ。」
わしは、そんなに寝相が悪いのか?どんどん、わんわん。
わしが村里に降りていくと、子どもらが寄ってたかってきて、
「わあ、真っ赤な顔だー。天狗だ、天狗だ。逃げろー。」
わしの顔は赤くはないのじゃ。わしは、色白じゃ。わしはいい男じゃあ。どんわん。おんな子どもが騒ぐから、恥ずかしゅうて、わしの顔が赤くなるのじゃ。わしは、おなごを襲ったり、子どもをさらって食ったりせんぞ。どどん、わん、わん。
村人も、おんな、子どもらも、うるさくて、困ったもんじゃ。
つむじ風が吹くのも、木が揺れるのも、子どもがいなくなるのも、みんな
「それは、天狗の仕業だ」
わしのせいになっとるぞ。どどん、わんわん。
それで、わしは隠れ蓑を着て、隠れ笠をかぶるのじゃ。そうすれば、どこに行っても、わしの姿は見えない。わしの顔は見えない。いっくら、おなごがわしを探しても、見つからない。村人にあれこれ言われずに済む、子どもらにからかわれたり、おなごに追い回されたりせずに済むのじゃ。気楽に過ごせるわい、どんわーん。
あるとき、わしが天狗松で昼寝をしておったのじゃ。
そしたら、
「見えるぞ、見えるぞ。」
じさまが竹筒をのぞいて叫んどる。
「何がみえるのじゃ?」
「おお、祭りじゃ、祭りじゃ、踊っとる、踊っとる。」
「なに?祭りが見える?どーれ、わしにも見せてみろ、どんわん。」
「わー、すごい、すごい、きれいだな。お江戸は豪華じゃのう。おお、おお、京はみやびじゃのう・・・」
じさまは一人で叫び続けて、わしの声は聞こえぬようじゃ。
あの竹筒をのぞくと、お江戸の祭りも、京の祭りも、ここから見えるのか?
お江戸に飛んで行かなくても、お江戸の祭りが見える?京に飛んで行かなくても京の都の祭りが見える?あの竹筒の中に、お江戸とか京の都が入っているのか?どどんわん。
そんなお道具は、わしの師匠の大天狗さまもお持ちではなかったぞ。どんわん。どんわん。
あの竹筒があれば、この天狗松で、村人に邪魔されずに、ゆっくり祭り見物ができるということか。ふーむ、よき道具じゃのう。
「おーい、じさま、その竹筒を、わしにも貸してくれ。」
じさまは、すぐにはうんといわなかった。
ここで祭り見物ができれば、もう隠れ蓑笠なんかいらないというものじゃ。わしは、いやがるじさまをようやく説き伏せ、じさまの竹筒と天狗の隠れ蓑笠をとりかえごとした。
「うひひ、どんわん、どんわん、うひひっひー。どれ、どれ、見てみようかの・・・・・・
ん、ん、んんーんん。これは異なこと。・・・何も見えんぞー。なんだこれは?
むむむ、しかし、じさまは、あんなに面白げに見ておったぞ。どこぞに仕掛けがあるのかな?どんわん。」
わしは竹筒をなめずるように調べたぞ。
「わからぬ、どんわん。」
わしは臭いをかいだぞ。むむ。わしは竹筒に鼻をっ突っ込んだ。かすかな臭い。むむ、怪しき臭い。わしはもっと深く、竹筒に鼻を入れたぞ。むむむむ。どんわん。怪しき臭いはいずこから・・? わしの鼻は、臭いの元を求めて、竹筒の中をズンズン伸び進んだぞ。そして、竹筒の先端まで伸びた。
「うー、くさーい。ぎゃー、どんわん、どんわん。」
竹筒の先頭にいたのは、へっこき虫じゃった。わしの鼻はへっこき虫のへっこき爆弾攻撃にやられた。
「ぎゃおー、どんわん、どんわん、どどんわん。」
わしはへっこっき爆弾の臭さで気がへんになった。叫んだ。しかし、へっこき虫は攻撃の手をゆるめることなく、なんとわしの鼻の穴の中めがけて、侵入してきたのじゃ。うー、苦しい、こちょまっこい。こちょまっこい。助けてくれー。わしはとうとうがまんしきれずに、
「ハッハッ、ハックショーン。どどんわーーん。」
と大くしゃみ。天まで、くしゃみが伝わった。このくしゃみに驚いたのが、あのトラにゃーごじゃ。吹っ飛ばされて、にゃーご、にゃーごと空を飛んでいったぞ。(パスティーシュ1作目「トラにゃーごの語り」参照)
そして、このくしゃみのおかげで、竹筒からわしの鼻が抜けた。
へっこき虫もどっかに飛んでいった。
やれやれ、いかった。いかった。どんわん。
むむ?わしの鼻?なななんと、わしの鼻は、竹筒の形に引き伸ばされていた。ずいぶん長くなったもんじゃなあ。もともといい男の高い鼻が、もっと長くなったぞ。どんわん。
そうじゃ、わしは竹筒をのぞいておったのじゃ。
竹筒はどうなったのじゃ?と、中をのぞくと、おお、見えたぞ。見えたぞ。どどんわん、わん。さっきまではへっこき虫が邪魔して見えなかったのじゃ。へっこき虫が吹き飛ばされて、今度は見えるようになったぞ。どんわん。
むむ?しかし、これは?見えるのは、わしの住処の松の木や杉の木ばかりではないか?
おかしいぞ?どうやったら、きれいな大江戸や京の都が見えるのじゃ?
どこに仕掛けがあるのじゃー?どんわん。
わからぬぞ。じさまに聞かずばなるまい。
わしは、竹筒をのぞきながら、じさまを探しに行った、どどんわん。
町まで行くと、
町のもんが騒いでいた。
「顔が転がっているぞ。」
「そんな、ばかな。」
「手足、胴体のない、生きている顔だ。」
な、なんと。顔だけ、転がっているとな。どんわん、わん。そうか、じさまは隠れ蓑だけ着て、隠れ笠をかぶるのを忘れたのじゃ。それで顔だけ見えるのじゃ。その顔はさっきのじさまだ。よし、わしもそこに行って、じさまにこの竹筒の仕掛けをきかずばなるまい。どどんわん。
「どこだ、どこだ。どんわん。」
「酒屋の裏庭だ」
大勢の町のもんが走っていた。
「どいて、どいて。おらも見に行く」
子守り娘が赤んぼを背負って走っていた。赤んぼは重そうで、速くは走れない。
赤んぼは、娘っ子の背中でふんぞり返って、ぎゃあ、ぎゃあ泣いていた。
「あっ、ちょうどいい、ここに掛けておこう。」
子守り娘は、いきなり、赤んぼをおぶい紐ごと、わしの鼻に引っ掛けた。どんわん。
そして、身軽になって、走っていった。
「おーい、おーい。ちょっと待てー。わしは、柱の物掛けではないぞ。わしの鼻に赤んぼをぶら下げんでくれ。どんわーん。」
子守り娘はもう、見えなくなっていた。
わしは、子守り娘を追いかけたかったが、いっくら翼があっても、こんなでっこい赤んぼをぶらさげてたら、飛べんぞ。コウノトリではあるまいし。
「うぎゃあ、うぎゃあー。」
赤んぼは、ますます激しく泣いた。
「おお、よしよし。どどんわん、わん。」
わしはしかたなく、鼻を揺さぶった。
すると、赤んぼはゆっくり揺れて、だんだんおとなしくなって、寝てしもた。
そして、子守り娘が戻ってきた。
娘っ子がいうのには、転がっていた顔は、急に消えてしまったのだという。
そうか、隠れ笠をかぶったのだな。
じゃあ、また、あのじさは見つけられなくなった。どんわん。
しかたなしに、わしはまた竹筒をいじくってみたが、やっぱり大江戸も京の都も見えなかったぞ。どんわん。
しばらくして、わしは思い切って、子守り娘に聞いてみた。
「おい、娘っ子、この竹筒を見てくれ。どうしたら、大江戸とか京の都が見えるのかの?近くは、ちょびっと見えるが、遠くの祭りがみたいのじゃ、どんわん。」
「天狗どん、何いうて、ござる。これはただの竹筒じゃ。節がとってあるから、のぞけば、そこらのものは見えるが、大江戸や、京の都が見えるわけ、ないじゃろ。」
「ええーっ、これはただの竹筒か?」
「そうじゃ、そうじゃ、ただの竹筒。」
「なな、なんと、ただの竹筒とな。どどんわん。このわしが、じさまにたぶらかされたということか?」
「竹筒など、のぞかないほうが、まわりもいっぱい見えていいが。」
「ちくしょうめ。あのじさ。わしの隠れ蓑笠、持っていきあがって。どどんわーん。なんとしても取り返さねばならぬ。」
そこへ、あのじさがすっ裸で走ってきた。
「きゃあー、みんな見えてる。」
娘っ子が、真っ赤になって叫んだ。
「おーい、じさま。隠れ蓑笠はどうしたのじゃ?」
「ばさが、燃やしてしもた。」
「なんと、あの天狗のお宝を、灰にしてしまったのか?どどんわーん。」
裸のじさが走っているのを見て、町中の人が笑っていた。
大笑いしてから、子守り娘が言った。
「天狗どん。それより、赤んぼがよう寝て助かりました。天狗どんは子守りが上手でございますなあ。」
「いやあ、それほどでも・・・、どんわーん。」
わしの顔は赤くなったかもしれない。
「これからも、子守りを手伝ってくだされ、天狗どん。」
娘っ子は、にこにこと笑って、また、わしの鼻に赤んぼをぶら下げた。すぐに赤んぼはスヤスヤと眠った。わしも、いい気分になった。わしの長い鼻も、存外、役に立つわい。
わしは娘っ子と仲良しになった。どんわん。
それからというもの、天狗どんは、天狗松で寝てばかりいないで、村や町に降りてきて、子守りをしたり、子どもらと遊んだり、みなと楽しく過ごすようになった。天狗の長い鼻に赤ん坊のもっこをぶら下げて揺らすと、どの赤ん坊もよく眠った。子どもらも天狗の鼻にぶら下がって遊ぶのが大好きだったとさ。
おしまい。
令和2年神無月 神が留守でものどかな日
絵 悠久城絵師 きらら こと 酒井晃
悠久城風の間 http://yuukyuujyou.starfree.jp/
Works 旅の声 http://yuukyuujyou.starfree.jp/works.html
種本収録 2020年10月25日
新潟のむかし話2「天狗のかくれ蓑笠」
とんちとちえでうーんとうなる話
https://www.youtube.com/watch?v=VjGxZ6RCBXg
パスティーシュ第3弾 収録 2020年11月2日収録
「天狗どんわんの語り」
https://www.youtube.com/watch?v=fQBK2SeV1Es