鬼婆は死ぬことがないらしい。長生きして、いつまでも生き続ける。若さが失われて、醜くなって、恥じらいもなく、食べることだけはあさましくなって。
ぼんやりしていたら、わたしもそんな鬼婆になるのかしら。そんなのいやだわ。でも、もう、半分、鬼婆になっているのかも・・・
新潟のむかしの話2「鯖売りと鬼婆」を読んだ人々は、みな、口々に言うのだった。
「鬼婆ってすごいわね。鯖売りから塩鯖を奪ってぺろっと全部食べて、牛もバリバリ食べて、それから、鯖売りも食べようとするんだから。」
「もとは人間だったんでしょう?あれでも火の神様を信心しているらしいわよ。」
「食い意地のわりには、かわいげなところもあるよね。いったい鬼婆の過去には何があったのかしら。」
そこで、わたしは、鯖売りを襲った鬼婆に取材を試みた。以下は、天下りかっかーである鬼婆の陳述である。
わらわは鬼婆と呼ばれておるようじゃのお。べつに、鬼婆になりたくてなったのではないのじゃ。越後の国に天下って来て、はや、何百年かのう。わらわはてんじゅく国の生まれなるぞ。てんじゅく国では、年もとらないし、病気にもならないのじゃった。ひょんなことから、越後の国に舞い降りて来て、てんじゅく国にもどれんようになってしもた。この地上では、年を取るのじゃ。じゃが、わらわは病気にはならぬゆえ、こうしていつまでも生き続けておる。てんじゅく国では、におうほどの美しさといわれた わらわじゃったのに、今では、髪はザンバラ、口は耳まで裂け、目玉をグルグルむいて、おっとろしい鬼婆じゃというて、みな、わらわを見て、逃げるのじゃ。勝手にしろ。
ところで、小太郎(新潟のむかし話2「天人女房」および、パスティーシュ第7弾「天人かかさ かっかーの語り」参照)小太郎は、いつ、帰ってくるのじゃ。
じさまが死んで、わらわは小太郎と二人で暮らしておった。じさまの残した畑を耕して、貧しいけれど楽しい暮らしじゃった。何年かして、小太郎も大きくなると、この小さい畑だけでは食べていけないというて、
「おれ、鯖売りになる。」
村に来た牛方のおやじについていったのじゃ。
「かっか―、おれ、鯖を持って帰ってくるから、待っていてくれ。」
「おー、小太郎、待っているぞ。体にきーつけてな。」
「おれは、かっかーの子どもだ。病気にはならね。」
そうだ、小太郎は、天人だったわらわの産んだ子じゃ。わらわと同じで病気にはならぬ。わらわは、手を振って見送った。
それから、ずっと、小太郎の帰りを待っておるのじゃ。小太郎は孝行息子、鯖をいっぱい運んでくるじゃろう。
ウシが、のっそり、のっそり、峠を登ってくると、わらわは見にいくぞ。
「うおーい。うおーい。小太郎かー。」
すると、ウシは、
「モー、モー。」
と鳴く。
「小太郎、小太郎かー。」
わらわが呼ぶと、牛方は、わらわを見てたまげて、ウシをほったらかして、逃げていくのじゃ。やっぱり小太郎ではないようじゃのー。
背中に塩鯖をいっぱい積んで、ウシは、
「モー、モー。」
と鳴いている。しかたがない。わらわはウシの背中の鯖を食べ、それからウシも食べるのじゃ。
だいぶ、鯖を食べた。ウシも食べた。
また、腹が減って来た。そろそろ小太郎が戻ってきてもよさそうな頃じゃ。
そうして、わらわは、毎日、小太郎は、きょう来るか、明日は来るかと待っていた。
ようやく、ウシを引いて若い牛方が峠を登ってきた。ウシはのっそり、のっそり山道を登る。若い牛方はウシを必死に登らせていた。
「はよ、あえべ。」
若い牛方は鞭でウシの尻を叩いた。ぴしぴし。ウシのひずめが石に当たり、かっか、かっかと音をたてた。
かっか、かっか、かっかー・・・
「あ、かっかーとな?小太郎か?お前は小太郎か?」
かっか、かっか、かっかー・・・
「おうおう、小太郎。よう来た、よう来た。かっかーはここだ。」
わらわは、小太郎に手を振った。
小太郎は、すぐに、わらわの胸に飛びついてくるかと思った。
そうではなかった。
「えーい。」
鯖を一本、ウシの背中の荷物から抜いた。そして、わらわに向かって、ポーンと投げてよこした。
「おお、小太郎。かっかーに塩鯖をもってきてくれたのう。」
ありがたや。むっしゃむしゃ、むっしゃむしゃ、わらわは塩鯖を食べた。
たいらげると、すぐに2本目がポーンと投げられてきた。
わらわは、また塩鯖を食べた。むっしゃむしゃ、むっしゃむしゃ・・。
「うまい、塩鯖じゃあ。小太郎。」
それから、またポンポン塩鯖が投げられてきた。
「うんまい、うんまい。小太郎のもってきた塩鯖はうんまいのう。」
ありがたいことじゃ。わらわは、塩鯖を食べつくした。わらわが顔をあげると、今度は、ウシが投げられてきたのじゃ。
「小太郎、お前は力持ちになったのう。ウシもかっかーにくれるのか?孝行息子じゃあ。」
わらわはウシの腹にかぶりついて、ガキッ、ガキッと食べた。ウシもうんまいなあ。食べごたえがあるわい。
「ふうー、腹いっぱいになったぞ。」
ふと見ると、小太郎の姿が見えないではないか。
「小太郎、小太郎。どうしたんじゃ。」
久しぶりじゃからのう。恥ずかしゅうなったんじゃろうか。そういう子じゃ。ふふふ。
「小太郎。」
わらわは優しく呼んだ。
「どうしたんじゃ?小太郎。」
そういえば、小さいときにはよく二人して、かくれんぼして遊んだのう。
「よーし。小太郎。かっかーが鬼ぞ。」
わらわは、小太郎を探して追いかけた。
「小太郎ちゃーん。どこだー。かっか―が見つけるぞ。」
いつの間にかお月さまが出ていた。わらわは池のふちまで来ていた。
見ると池の水の上に小太郎の姿が浮かんでいた。
「ふふ、なーんだ。小太郎、こんなところに隠れていたのか。小太郎―みーつけ。」
わらわは、ざぶんと池に飛び込み、小太郎を抱きかかえた。
「あれっ?」
わらわの両腕の中にいるはずの小太郎は消えていた。
「小太郎―、どこにいったんじゃ。」
池の底まで行くと、そこには池の主の大蛇どんがいた。
「大蛇どん、小太郎が来なかったか?」
「ここには来ておらぬ。」
「小太郎をつかまえたはずなのに、わらわの腕の中から消えたのじゃ。どこにいったのだろう。」
「鬼婆どの、それは、小太郎どんは、そなたの胸の中に入ったのじゃろうて。それで見えなくなったのじゃ。」
「ふーん、そういうものかのう。」
わらわは、池から上がり、家に帰った。
「おお、さぶ。やれやれ餅でも焼くか。」
餅をいろりの渡しに並べた。
せっかく小太郎が帰ってきたのに、消えるとはのう。どういうことじゃろうのう・・・。大蛇どんは、わらわの胸の中に入ったというたぞ。胸の中のう?
あのとき、わらわは小太郎を抱きしめた。うーん。
もしかして、もしかして、むむむむ・・わらわはうれしくて大口を開けてしもた。それで、わらわは、思わず、小太郎を飲み込んだのではあるまいな?とすると今頃、小太郎は、わらわの腹の中。小太郎はわらわの腹に帰ったのかのう。
小太郎・・・小太郎・・・むにゃ、むにゃ・・。
わらわは火にあたって背あぶり、尻あぶりしている間に、眠ってしまったようだ。
目がさめた。
「どら、どら。餅焼けたかや。」
わらわは、いろりの渡しを見た。
「な、な、ない。餅がない。だれじゃ、餅をとったのは?」
「小太郎、小太郎。」
どこからか声がした。
「ふーん。小太郎か。小太郎ならしかたないのう。小太郎が出てきて、餅を食べたのか。そういうこともあるもんかのう。」
それから、わらわは、鍋を自在(じざい)鉤(かぎ)にかけて甘酒をわかした。火にあたりながら、小太郎のことを思い出しているうち、また眠ってしまったようだ。
目がさめた。
「はて、甘酒わいたかや。」
見ると、鍋の中は空になっていた。
「だれじゃー?わらわの甘酒、飲んだのは?」
「小太郎、小太郎」
また小さい声がした。
「ふーん。小太郎か。小太郎ならしかたないのう。小太郎が出てきて、甘酒を飲んだのか。そういえば、小太郎は甘酒が大好きじゃったのう。」
小太郎はわらわが眠ると出てくるのかのう?不思議じゃー。じゃあ、今夜は、早く、寝るとするか?
「どーらどら、石のからと((ものいれ))がいいか、木のからとがいいか。どっちがよかろうのう。」
わらわは言ってみた。すると小さい声がして、
「木のからと。木のからと。」
小太郎が木のからとと言っとるぞ。じゃあ、木のからとじゃ。
わらわは木のからとに入った。しばらくすると体があたたかくなってきた。
「ようし、小太郎、わらわの胸の中に隠れているのか?腹の中に隠れているのか?かっかーにはみえないぞ。もう隠れていないで、出てきてもいいぞう。」
そうして、わらわは眠った。
むかし話では、このあと、屋根裏に隠れていた鯖売りが下りてきて、木のからとに熱湯を注ぎ、鬼婆は大やけどをして死んでしまうとなっています。鯖と牛を食べられてしまった鯖売りはかたき討ちできて、めでたし、めでたし。
でも、この鬼婆が天から降りてきた元天人であるとすると、お湯を注がれたぐらいでは死なないでしょうね。本当に、死んでしまっていたら、このインタビューもできなかったわけですし。
次に鬼婆が目覚めるのはいつなんでしょうか。
それは、またのお楽しみに。
おしまい
令和3年如月 地震も思い出のようにやってくる
作 楯 よう子
切り絵 悠久城絵師 きらら
種本 「鯖売りと鬼婆」
新潟のむかし話2 こわくてふるえる話
朗読動画 2020年8月23日収録
https://www.youtube.com/watch?v=OGnpVKIgSu4&t=25s
令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間
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