悠久城風の間 blog語り部のささやき

悠久城風の間の語り部 楯よう子のささやき

パスティーシュ第10弾「天下りかっかー鬼婆になっての語り」

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 鬼婆は死ぬことがないらしい。長生きして、いつまでも生き続ける。若さが失われて、醜くなって、恥じらいもなく、食べることだけはあさましくなって。

ぼんやりしていたら、わたしもそんな鬼婆になるのかしら。そんなのいやだわ。でも、もう、半分、鬼婆になっているのかも・・・

 

 新潟のむかしの話2「鯖売りと鬼婆」を読んだ人々は、みな、口々に言うのだった。

「鬼婆ってすごいわね。鯖売りから塩鯖を奪ってぺろっと全部食べて、牛もバリバリ食べて、それから、鯖売りも食べようとするんだから。」

「もとは人間だったんでしょう?あれでも火の神様を信心しているらしいわよ。」

「食い意地のわりには、かわいげなところもあるよね。いったい鬼婆の過去には何があったのかしら。」

そこで、わたしは、鯖売りを襲った鬼婆に取材を試みた。以下は、天下りかっかーである鬼婆の陳述である。

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 わらわは鬼婆と呼ばれておるようじゃのお。べつに、鬼婆になりたくてなったのではないのじゃ。越後の国に天下って来て、はや、何百年かのう。わらわはてんじゅく国の生まれなるぞ。てんじゅく国では、年もとらないし、病気にもならないのじゃった。ひょんなことから、越後の国に舞い降りて来て、てんじゅく国にもどれんようになってしもた。この地上では、年を取るのじゃ。じゃが、わらわは病気にはならぬゆえ、こうしていつまでも生き続けておる。てんじゅく国では、におうほどの美しさといわれた わらわじゃったのに、今では、髪はザンバラ、口は耳まで裂け、目玉をグルグルむいて、おっとろしい鬼婆じゃというて、みな、わらわを見て、逃げるのじゃ。勝手にしろ。

 ところで、小太郎(新潟のむかし話2「天人女房」および、パスティーシュ第7弾「天人かかさ かっかーの語り」参照)小太郎は、いつ、帰ってくるのじゃ。

じさまが死んで、わらわは小太郎と二人で暮らしておった。じさまの残した畑を耕して、貧しいけれど楽しい暮らしじゃった。何年かして、小太郎も大きくなると、この小さい畑だけでは食べていけないというて、

「おれ、鯖売りになる。」

村に来た牛方のおやじについていったのじゃ。

「かっか―、おれ、鯖を持って帰ってくるから、待っていてくれ。」

「おー、小太郎、待っているぞ。体にきーつけてな。」

「おれは、かっかーの子どもだ。病気にはならね。」

そうだ、小太郎は、天人だったわらわの産んだ子じゃ。わらわと同じで病気にはならぬ。わらわは、手を振って見送った。

それから、ずっと、小太郎の帰りを待っておるのじゃ。小太郎は孝行息子、鯖をいっぱい運んでくるじゃろう。

ウシが、のっそり、のっそり、峠を登ってくると、わらわは見にいくぞ。

「うおーい。うおーい。小太郎かー。」

すると、ウシは、

「モー、モー。」

と鳴く。

「小太郎、小太郎かー。」

わらわが呼ぶと、牛方は、わらわを見てたまげて、ウシをほったらかして、逃げていくのじゃ。やっぱり小太郎ではないようじゃのー。

背中に塩鯖をいっぱい積んで、ウシは、

「モー、モー。」

と鳴いている。しかたがない。わらわはウシの背中の鯖を食べ、それからウシも食べるのじゃ。

だいぶ、鯖を食べた。ウシも食べた。

また、腹が減って来た。そろそろ小太郎が戻ってきてもよさそうな頃じゃ。

 

そうして、わらわは、毎日、小太郎は、きょう来るか、明日は来るかと待っていた。

ようやく、ウシを引いて若い牛方が峠を登ってきた。ウシはのっそり、のっそり山道を登る。若い牛方はウシを必死に登らせていた。

「はよ、あえべ。」

若い牛方は鞭でウシの尻を叩いた。ぴしぴし。ウシのひずめが石に当たり、かっか、かっかと音をたてた。

かっか、かっか、かっかー・・・

「あ、かっかーとな?小太郎か?お前は小太郎か?」

かっか、かっか、かっかー・・・

「おうおう、小太郎。よう来た、よう来た。かっかーはここだ。」

わらわは、小太郎に手を振った。

小太郎は、すぐに、わらわの胸に飛びついてくるかと思った。

そうではなかった。

「えーい。」

鯖を一本、ウシの背中の荷物から抜いた。そして、わらわに向かって、ポーンと投げてよこした。

「おお、小太郎。かっかーに塩鯖をもってきてくれたのう。」

ありがたや。むっしゃむしゃ、むっしゃむしゃ、わらわは塩鯖を食べた。

たいらげると、すぐに2本目がポーンと投げられてきた。

わらわは、また塩鯖を食べた。むっしゃむしゃ、むっしゃむしゃ・・。

「うまい、塩鯖じゃあ。小太郎。」

それから、またポンポン塩鯖が投げられてきた。

「うんまい、うんまい。小太郎のもってきた塩鯖はうんまいのう。」

ありがたいことじゃ。わらわは、塩鯖を食べつくした。わらわが顔をあげると、今度は、ウシが投げられてきたのじゃ。

「小太郎、お前は力持ちになったのう。ウシもかっかーにくれるのか?孝行息子じゃあ。」

わらわはウシの腹にかぶりついて、ガキッ、ガキッと食べた。ウシもうんまいなあ。食べごたえがあるわい。

「ふうー、腹いっぱいになったぞ。」

ふと見ると、小太郎の姿が見えないではないか。

「小太郎、小太郎。どうしたんじゃ。」

久しぶりじゃからのう。恥ずかしゅうなったんじゃろうか。そういう子じゃ。ふふふ。

「小太郎。」

わらわは優しく呼んだ。

「どうしたんじゃ?小太郎。」

そういえば、小さいときにはよく二人して、かくれんぼして遊んだのう。

「よーし。小太郎。かっかーが鬼ぞ。」

わらわは、小太郎を探して追いかけた。

「小太郎ちゃーん。どこだー。かっか―が見つけるぞ。」

いつの間にかお月さまが出ていた。わらわは池のふちまで来ていた。

見ると池の水の上に小太郎の姿が浮かんでいた。

「ふふ、なーんだ。小太郎、こんなところに隠れていたのか。小太郎―みーつけ。」

わらわは、ざぶんと池に飛び込み、小太郎を抱きかかえた。

「あれっ?」

わらわの両腕の中にいるはずの小太郎は消えていた。

「小太郎―、どこにいったんじゃ。」

池の底まで行くと、そこには池の主の大蛇どんがいた。

「大蛇どん、小太郎が来なかったか?」

「ここには来ておらぬ。」

「小太郎をつかまえたはずなのに、わらわの腕の中から消えたのじゃ。どこにいったのだろう。」

「鬼婆どの、それは、小太郎どんは、そなたの胸の中に入ったのじゃろうて。それで見えなくなったのじゃ。」

「ふーん、そういうものかのう。」

 

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 わらわは、池から上がり、家に帰った。

「おお、さぶ。やれやれ餅でも焼くか。」

餅をいろりの渡しに並べた。

せっかく小太郎が帰ってきたのに、消えるとはのう。どういうことじゃろうのう・・・。大蛇どんは、わらわの胸の中に入ったというたぞ。胸の中のう?

あのとき、わらわは小太郎を抱きしめた。うーん。

もしかして、もしかして、むむむむ・・わらわはうれしくて大口を開けてしもた。それで、わらわは、思わず、小太郎を飲み込んだのではあるまいな?とすると今頃、小太郎は、わらわの腹の中。小太郎はわらわの腹に帰ったのかのう。

小太郎・・・小太郎・・・むにゃ、むにゃ・・。

わらわは火にあたって背あぶり、尻あぶりしている間に、眠ってしまったようだ。

目がさめた。

「どら、どら。餅焼けたかや。」

わらわは、いろりの渡しを見た。

「な、な、ない。餅がない。だれじゃ、餅をとったのは?」

「小太郎、小太郎。」

どこからか声がした。

「ふーん。小太郎か。小太郎ならしかたないのう。小太郎が出てきて、餅を食べたのか。そういうこともあるもんかのう。」

それから、わらわは、鍋を自在(じざい)鉤(かぎ)にかけて甘酒をわかした。火にあたりながら、小太郎のことを思い出しているうち、また眠ってしまったようだ。

目がさめた。

「はて、甘酒わいたかや。」

見ると、鍋の中は空になっていた。

「だれじゃー?わらわの甘酒、飲んだのは?」

「小太郎、小太郎」

また小さい声がした。

「ふーん。小太郎か。小太郎ならしかたないのう。小太郎が出てきて、甘酒を飲んだのか。そういえば、小太郎は甘酒が大好きじゃったのう。」

小太郎はわらわが眠ると出てくるのかのう?不思議じゃー。じゃあ、今夜は、早く、寝るとするか?
「どーらどら、石のからと((ものいれ))がいいか、木のからとがいいか。どっちがよかろうのう。」

わらわは言ってみた。すると小さい声がして、

「木のからと。木のからと。」
小太郎が木のからとと言っとるぞ。じゃあ、木のからとじゃ。

わらわは木のからとに入った。しばらくすると体があたたかくなってきた。

「ようし、小太郎、わらわの胸の中に隠れているのか?腹の中に隠れているのか?かっかーにはみえないぞ。もう隠れていないで、出てきてもいいぞう。」

そうして、わらわは眠った。

 

 むかし話では、このあと、屋根裏に隠れていた鯖売りが下りてきて、木のからとに熱湯を注ぎ、鬼婆は大やけどをして死んでしまうとなっています。鯖と牛を食べられてしまった鯖売りはかたき討ちできて、めでたし、めでたし。

でも、この鬼婆が天から降りてきた元天人であるとすると、お湯を注がれたぐらいでは死なないでしょうね。本当に、死んでしまっていたら、このインタビューもできなかったわけですし。

次に鬼婆が目覚めるのはいつなんでしょうか。

それは、またのお楽しみに。

おしまい 

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令和3年如月 地震も思い出のようにやってくる

 

作      楯 よう子

切り絵   悠久城絵師 きらら 

 

種本    「鯖売りと鬼婆」

      新潟のむかし話2  こわくてふるえる話

      新潟県学校図書館協議会編2006年

               朗読動画  2020年8月23日収録

https://www.youtube.com/watch?v=OGnpVKIgSu4&t=25s

 

 

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