「山の上から水を引かないことには、どうにもなんねえ。この際、鏡杉を切り倒して、田んぼに水を引こう。でなけれりゃ、おれたちが干上がってしまうからな。」
三郎太が言った。
「何をいっているんだ。鏡杉は村の守り神だ。守り神を切り倒して、おれたちが生きていけるわけないじゃろう。」
太郎作が必死になって言い返した。しかし、三郎太も負けてはいない。
「守り神が田んぼに水を引いてくれるのか?いっくら拝んでも、この日照りじゃ、米は一粒もとれん。拝んでも拝んでも、おれたちがひぼしになるだけじゃ。」
「米はあきらめれ。もう、百姓はやめろ。お前も漁師になって漁にでろ。」
「なにおー、太郎作。飯を食べずに魚だけ食えってのか。お前は百姓をばかにする気か。」
おやおや、また始まったよ。漁師の太郎作と百姓の三郎太のけんかだ。
このところ、わしのことで村中がけんかさわぎじゃ。
わしは、鏡杉とよばれておってのう。もうかれこれ、500年ほどになるかのう。ずっとこの大林に立っておるのじゃ。わしはこの500年の間に、木の高さも高こうなったぞ。おかげで、大林の向こうの日本海もよく見えるわい。それで、このへんの漁師はわしを目じるしに漁をするようになったのじゃ。
暗くなると、帰る方向がわからなくなる舟がたまにおってのう。そうすると、わしはその舟に向かって、
「おーい、こっちじゃー。こっちに帰ってこーい。」
といって、わしはからだを光らせて教えてやるのじゃ。
舟のものは、
「あ、光ったぞ。鏡杉が光っている。あっちの方向だ。」
といって家に帰れる。
そういえば、太郎作も一度、大漁で遅くなって、暗い海の上で方角が分からなくなったことがあったのう。わしの明かりを頼りに無事、陸にもどってきた。それからは、
「ありがたい鏡杉さまじゃ。」
と、朝晩、わしを拝むようになったぞ。
うむ。太郎作はそれでいいのじゃが、それで収まらぬのが三郎太じゃ。
この村ではこのところ毎年日照りが続いて、田畑は枯れて飢饉じゃ。わしがそんなにいっぱい水を吸ったかのう。わしの周りの低い木や細い木で枯れたのもあるぞ。
三郎太や村人は、山から田に水を引くと言っているぞ。しかし、そんなにうまくいくものかのう。わしがじゃまになるのかのう。それならわしは引っ越しせねばなるまいのう。
「おーい、山伏どの。」
わしは、越後の山のあちこちを飛び回って修業を積んでいる山伏を呼んでみた。山伏は、ひらりと空から舞い降りてきた。
「山伏どの。おぬしは、いつも身軽じゃのう。」
「おう、この天狗の葉うちわのおかげじゃ。これさえあれば、どこにでもたちどころに飛んでいけるのじゃ。」
山伏は、葉うちわをゆっくりあおぎながら、自慢げに言った。
「ところで、おぬし、太郎作と三郎太の話を聞いておったか。」
「おう。漁師の太郎作は鏡杉をありがたがっているが、三郎太は水を引くのにじゃまだから切れというとりましたなあ。このままでは米はとれんというて、くどいとった。」
「わしがここにいるとじゃまになるのかのう。それなら、わしは引っ越し、いたさねばのう。どこぞいいところへ、おぬしが案内せい。」
「案内せいと言われても、鏡杉さま。そなたには足がないではございませぬか。どうやって歩くおつもりじゃ。」
「うむ、わしの足は地面に埋もれておってのう。歩きはせぬ。だから山伏どの。おぬしに、頼んでおるのじゃ。おぬしがなんとかせい。」
「むむむむ・・・。鏡杉さまは500年の大木であるぞ。わしの霊力をもってしても、これだけの木を飛ばすことは・・・。」
「なんと。おぬしにできぬことがあると申すのか。」
「しばし、しばし・・・待たれよ。」
山伏は、葉うちわをあおぎながら、すごすごと消えた。
次の日、山伏は木こりを大勢、引き連れてやって来た。
「ささ、鏡杉さま。引っ越しじゃ、引っ越しじゃ。この者たちがお手伝いいたしまする。」
「おお、ご苦労じゃ。木こりたちが大勢まいったな。そなたらがわしの葉うちわを作ってくれるのか?」
「いや、そうではござらん。」
「むっ、なんと。では、わしの葉うちわはどうなるのじゃ。わしは、葉うちわであおがれて、空を飛んでいくのではないのか?」
「鏡杉さまは、大木ゆえ、空を飛ぶことはかないませぬ。葉うちわでは動かされませぬ。ここで解体いたします。」
「はっ? かっ、かっ、解体とな?」
「さようにございます。そして、選びし、よき土地にて、組み直しをいたします。どのようなものにでも、鏡杉さまのお望みのものに。」
「・・・な、な、なんと、組み直しをするとな。」
「はい。どんなお姿がよろしいでしょうか?」
「ふーむ。どのようなものがよかろうのう。どんな姿が村人を喜ばすのかのう。・・・・では、五重塔にでもなるか。」
「おお、五重塔。それはよきお考え。では五重塔に。高くそびえる五重塔なら、村人も喜びましょう。火事にあったりしなければ、千年も2千年もそのお姿をこの地にとどめおくことができましょう。」
山伏はうやうやしく言った。
さっそく、村の木こりたちが、切り始めた。
のこぎりを入れ、
ズッ、ズッ、ズッズズン
ギッシ、ギッシ、ギッシシン
おので、
カッパ、カッパ、カッパ、カッパ
トッカン、トッカン、トッカカン
大仕事じゃった。切り倒した大杉を運ぶのも、村中、総出だった。
大林から運び出す途中の山中に、温泉がわき出る小池があった。
村人は、
「おお、温泉じゃ、温泉じゃ。」
と我先に湯につかり出した。
「いい湯じゃ、いい気持じゃ。」
「疲れがとれるのう。」
「おれも入れてくれ。」
「待て待て。順番じゃ」
と大さわぎ。
「今夜はここに泊まろう。」
というものまで現れた。
「そうだなあ。ここに宿があればなあ。」
夕日が空を赤く染めていた。
わしは、村人の話を聞いて、考えたぞ。
村人は温泉が好きで、温泉宿に泊まりたいんだな。
じゃあ、わしは、五重塔になるより、温泉宿になった方が喜ばれるぞ。
よーし。それなら、わしは宿屋になろう。
「おーい、山伏どの。」
わしは山伏を呼んだ。
「はい。鏡杉さま。おかげんは?」
「うむ。村人の話を聞いておると、ここの温泉は気持ちよさそうじゃ。」
「はい、まことにさようで。」
「ならば、ここに温泉宿を作ったらどうかのう。」
「鏡杉さま。それはよきお考え。わしも温泉大好き。大賛成。」
「五重塔より、村人が喜びそうじゃ。」
「まことに、まことに。ではここに宿屋を。」
次の日、村の大工が仕事を始めた。
かんなをかけて
シュッ、シューのシュッ、シュッ、シュッ
シュッ、シューのシュッ、シュッ、シュッ
金づち打って
トン、トン、トトトン。
トン、トン、トトトン。
宿屋ができた。
「ああ、いい湯だった。」
「気持ちよかった。」
わしは温泉宿の玄関から湯場に向かう長い廊下の鏡板になっておるぞ。
湯から上がると、村人はわしの前で立ち止まっていうのじゃった。
「ああ、いい湯だった。」
「気持ちよかった。」
わしもいい気分じゃ。湯から上がると、男しょは、前よりもっといい男になっておるし、女しょはもっといい女しょになっているし、こどもらは、もっとかわいくなっておるのじゃ。
わしはわしの前に立つ村人に光を放つのじゃ。村人は鏡板に写るおのが姿をみて、にっこりする。
ここは鏡杉温泉。美男美女になる湯じゃ。おほっ、ほっ、ほっ、ほー。
その後、この鏡杉温泉は村人に愛されただけでなく、越後の各地から客を集め栄えた。村はうるおい、村はずれの岬には新しい灯台が建てられた。
切り倒された鏡杉は宿屋に組み替わり、背は伸びなくなったが、杉の子はまた、新しい芽を伸ばしていた。
新しい杉の木から花粉が舞った。
それらの花粉は、山のクマやイノシシたちが、山から里に迷い出て村人をおびえさせることのないよう、山への帰り道を教えるのだった。クマもイノシシも山奥で平和に暮らし、村人は里で平和に暮らした。
ところで、近年、この平和な村にも、なぞの呼吸器感染症がはやりだし、病にたおれるものがでてきた。今、花粉たちは、村人の鼻の穴を出入りしては話し合い、なんとか、この病気から村人たちを救えないかと相談しているということだ。
おしまい。
令和3年皐月 ワクチン接種も始まったこの頃
作 楯 よう子
本作品 「鏡杉の語り」
朗読動画 2021年6月21日収録
https://www.youtube.com/watch?v=zg4mW0Rutlw
種本 「鏡杉」
新潟のむかし話2 ふしぎさにひきこまれる話
朗読動画 2020年 6月 20日収録
https://www.youtube.com/watch?v=nEsFTA29LnQ
令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間
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