嘘をついたら、針千本飲ますとか、舌を抜かれるとか、子どもの頃には、よく聞かされたわ。でも、わたしには、嘘をつかないで生きていくことは、難しかった・・・
わたしは、地獄に落ちるの?閻魔さまの裁きって本当にあるの・・・・
新潟のむかし話2「法印さまと医者どんと軽業師」を読んだ人々は、みな、口々に言うのだった。
「法印さまにしても医者どんにしても軽業師にしても、極楽に行けると思っていたんでしょう。嘘ついたかもしれないけど、そんな大悪党でもないのにみんな地獄行きだなんて。厳しすぎない?」
「それでも地獄の釜とか、鬼の口とか、針の山とか、三人は自分たちの持っている技で切り抜けたわけだから、やっぱり人間は知恵とか技が大事ね。」
「閻魔さまって、三人が地獄であんまり暴れて、しめしがつかなくなったから、こいつら娑婆に返してしまえだなんて、意外とあきらめがいいよね。冥土ってどんなところなんだろう?」
そこで、私は、冥土からもどった3人のひとり、法印に取材を試みた。以下は、冥土めぐり法印の陳述である。
拙僧は法印として、長年修行に明け暮れておったぞ。
朝は早うに起きて、滝に打たれた。食べ物は椀に半分。夜は眠らず、ひたすら経文を唱えた。これもみな悟りを開くためじゃ。恨みも妬みも捨て去った。物欲や色欲からは解き放たれた。わしは生き仏と呼ばれておったのじゃ。
ところでここはどこであろう。冥土(めいど)に続く道らしいのう。
「法印どの、われらも、極楽に連れて行ってくだされ。」
薬箱をもった医者どんと、金(きん)のわらじをぶら下げた軽業師が追いかけてきた。
「おお、そなたらも一緒に参ろう。旅は道づれ、いっしょに極楽に参ろうぞ。」
ややや、あれに見えるは、りっぱな鉄の門。あれが噂に聞く、冥土(めいど)の入口。
「おお、よう来た。よう来た。閻魔さまのお屋敷はこっちじゃ。」
赤鬼、青鬼、まだら鬼たちが大勢、出迎えてくれた。
「これは赤鬼、青鬼、まだら鬼どの。かたじけのうござる。」
わしらは閻魔大王の前に導かれた。
「そこの法印。では土産を出せ。」
雷のような大声が響いた。
「はっ、閻魔さま、土産とは?」
「決まっておろう。冥土の土産じゃ。」
「拙僧は仏に仕える身、この身以外に何も持ってはおりませぬ。」
「なな、なんと、冥土に来るのに土産物も持たず、手ぶらとはな。愚か者。法印の身で『冥土の沙汰は、土産次第』も知らぬとは・・・。おまえは、なんの修行をしておったのじゃ。法印、土産を持たずに来おったからには、おまえのからだが土産じゃ。おまえは、地獄の鬼どもの餌じゃ。」
「ええーっ!」
「次!」
医者どんが引き出された。
「おまえは土産を持ってきたのう。いい心がけじゃ。その箱の中に、何が入っておるのじゃ。」
「閻魔さま。この薬箱の中には、特別に調合したお薬が入ってございます。万病に効き、どんな痛みもなくなります。また、特に、食べ物を甘く、おいしくいたします。」
「よし、見せて見よ。・・・むむむ、なんじゃ。くんくん。これは。鼻くそを丸めたものではないか。わしをたぶらかす気か。不届き者め。これが土産だと。ふざけるな。おまえのからだを土産にしろ。おまえは地獄の鬼どもの餌じゃ。」
「ええーっ!」
「次!」
軽業師が引き出された。
「軽業師、お前の持っているものはなんじゃ。」
「はい。閻魔さま。金(きん)のわらじでございます。」
「そのようなものをどうするのじゃ。」
「はい、閻魔さまがお履きになり、新しい女房さまを探すのでございます。閻魔さまが楽しく過ごされますように。特に年上の女房さまがお勧めでございます。」
「うふふふ、そうか。それは、よきものじゃのう。よし、では履いてみようかの。・・むむむ、むむむ。なんじゃ、このわらじは。こんなにちんこい、わらじ、わしに履けるわけないじゃろう。軽業師、よくも、わしに恥をかかせたな。小ばかにしおって。これが土産だと。おまえのからだを土産にせい。おまえは地獄の鬼どもの餌じゃ。」
「ええーっ!」
「鬼ども、三人まとめて、釜茹でにせい。」
「へえーい。」
わしらは、赤鬼に引っ立てられて、地獄の大釜の前に連れていかれた。釜の中では湯がぐらぐら、煮えたぎっていた。
拙僧は、釜の前に進み出た。
「心頭滅却すれば火もまた涼し。ええーい!」
念仏を唱えた。そして湯に入った。ドボン。
「おお、いい湯じゃ。いい湯じゃ。そなたらも入ってみよ。湯あみをするのじゃ。」
ではと、医者どんと軽業師が続いた。
「おお、これは、これは、いい湯じゃ、いい湯じゃ。はははは。久しぶりに風呂に入れたわい。」
「地獄で極楽湯に入れるとはのう。」
「生き返ったようじゃ。ははは、いい気持ち。これは若返りの湯じゃ。」
わしらは、湯につかって、娑婆の垢を落としたぞ。
「赤鬼どの、ちっと湯がぬるくなってきたのう。もうちょっと薪をくべてくだされ。」
赤鬼は、顔を真っ赤にして薪をくべた。
「もう少し熱くてもいいぞ。赤鬼どの。もっとくべてくだされ。」
いくら、くべても火はちょろちょろ。湯は熱くならぬ。
赤鬼は、せつながって閻魔さまに泣きついた。
「閻魔さまぁ、あいつら極楽湯だ、若返りの湯だとのんきなことをいっております。いっくら薪をくべても、湯が熱くなりません。やつら、うまく茹で上がりません。えーん。」
「ええーい!めんどうなやつらじゃ。生煮えでもいい。さっさと食ってしまえ。」
「へえーい。」
青鬼が、よだれをたらし、大口を開けた。
わしらは、生まれたての赤ん坊のようにつやつやとして湯から上がった。
医者どんが、おもむろに薬箱を開けて、拙僧と軽業師のからだにタップリと薬をぬりたくった。そして、自分の頭から足の先までも薬をぬったくり、青鬼のあんぐり開いた大口めがけて、えいっとばかりに飛び込んだ。拙僧と軽業師も続いて青鬼の大口に飛び込んだ。
青鬼は、
「うまーい。」
と一言。そして、われらをかみ砕こうとした。すると、なんと、青鬼の歯は溶けて砕けた。砕けた歯ががボロボロと口からこぼれ落ちた。
「ぺっぺ、ぺっぺ、ぺっぺ。痛―い。苦―い、まずーい。苦しーい。助けてくれ。」
青鬼の青い顔は、もっと青くなって、われら三人を吐き出したのじゃった。
「うううううううー。げぼげぼげぼ。」
青鬼は、息絶え絶えになって、閻魔さまに泣きついた。
「閻魔さまぁ、おれの歯が溶けて、口の中が焼けるように熱くなった。苦しい。助けてくれー。」
「おまえら、何をてこずっておるのじゃ。人間ごときを、食べられんでどうする。それでも鬼か。やつらを剣(つるぎ)の山に追いやって、ずたずたに切り裂いて、細(こま)切(ぎ)れにしろ。さっさと料理してしまえ。閻魔が食ってやるー。」
「へえーい。」
剣の山では、無数の鋭い刃(やいば)が天に向かってぎらぎらと突っ立っていた。軽業師は金のわらじを履いて歩きだした。
「こっちだ。こっちだ。」
剣をなぎ倒しながら、飛んだり跳ねたりの道案内。
金のわらじに導かれて、わしらは剣の山の頂(いただき)に着いた。
「ほっほー、いい眺めじゃなあ。」
「剣が光ってきれいでござる。」
「あれが三途の川、あれが地獄の釜、あれが火あぶり地獄・・・。極楽はどこに見えるのじゃ・・。」
わしらは感心して、冥土を眺め渡しておったのじゃ。
すると鬼たちが一斉に泣き出した。
「閻魔さまぁ、あいつら剣の刃で血も流さず、ぴんぴんして、跳ね回って山の頂上まで登っています。頂上から地獄を見物しています。細切れにして料理できません。」
「腹が減っておるのに、まだ、にんげん料理ができんのか。いまいましい。」
閻魔大王もじだんだ踏んだ。
そこに駆け込んできた、まだら鬼。
「大変です、閻魔さま。やつらが極楽に行く階段を見つけました。昇ろうとしています。」
「なんだと。土産もよこさないで、極楽に昇るつもりか。それは、ならぬ。許さん。」
閻魔は息を吸い込んだ。
「それー、ふーーう。」
大風が吹いた。
「ええーい。不埒な人間ども。おまえたち、土産を持って出直してこい。」
閻魔の声が響いた。
閻魔大王の鼻息で、わしらは一気に地上に連れ戻されたというわけじゃ。
どすーん。
やれやれ、気がつくと、そこは、拙僧の生まれ故郷、越後の雪地獄じゃった。
わしら三人とも雪まみれ。雪の中を転げまわった。愉快、愉快。わははは。
わしらは何やら、若返ったようであるぞ。
拙僧は修行のし直しじゃ。医者どんと軽業師も技を磨いておかれよ。
また一緒に極楽をめざそうぞ。
それからというもの、法印の寺の前では、出店が立ち並んだ。極楽に行く手土産として、てまりや紙風船、人形などの民芸品、笹団子、酒まんじゅう、柿の種の類(たぐい)が商われ、村はますます栄えたという。
おしまい
令和3年如月 寒波の合間
作 楯 よう子
切り絵 悠久城絵師 きらら こと 酒井晃
種本収録 2021年2月1日
「法印さまと医者どんと軽業師」
新潟のむかし話2 とんちとちえでうーんとうなる話
https://www.youtube.com/watch?v=GUVLcbkM10w
令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間
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