あなたが鏡をのぞきこんで見えるのは、あなたの顔。あなたが隣の人の鏡をのぞきこんでも、そこに見えるのはあなたの顔。
結局、見えるのはいつも自分の顔っていうことよね?
新潟のむかし話2「あんじょさんの裁判」を読んだ人々は、みな、口々に言うのだった。
「あんにゃさはおとっつあとそっくりだったから、鏡に映った自分の顔をおとっつあだと思ったのね。」
「あねさは、あんにゃさをなんか怪しいと思っているから、鏡の中の自分の顔をあんにゃさの隠し女だと思った。」
「結局、だれでも自分の思っているものを見るということ?こあんじょさんは、鏡の中の人は頭丸めて謝っているからだいじょうぶといったけど、このあねさ、また鏡をみれば、まだ若い女がいつるって、騒ぐんじゃない?」
そこでわたしは、その後、このあねさがどうなったのか、取材を試みた。以下は、月子あねさの陳述である。
あたいの名前は月子。
かかさは、あたいが小さい時に死んでしもうてなあ。ととさも困ったろうのう。あたいが泣くと、ととさは、あたいを抱っこしてあやして言った。
「ほうれ、月子。お月様が見ておる。おまえのかかさは、お月様みたいにまん丸い顔だったぞ。」
あたいはととさの腕の中で泣きやんだ。
あたいは大きくなった。だども、かかさの顔はようわからん。
ととさが、
「おまえのかかさの顔は、まんまるお月様じゃった。」
といっつもいうとったから、お月様を見ると、あれがかかさの顔じゃと思うとった。
あたいは、お月様がよう見えるときはうれしくなる。
あたいはお月様を見上げて、かかさに話をする。
かかさはなんでも、あたいの話を聞いてくれた。
お月様は満月だったり、三日月だったりするども、あたいのかかさはいっつもお月様のなかにいた。
ある年の秋、あたいは年頃になっていて、となり村のあんにゃさのところに嫁に行くことになった。
あんにゃさは、おとっつあと二人で暮らしておった。あんにゃさとおとっつあは生き写しのようにそっくりで、二人で仲よう働いていた。家は貧乏だども、あんにゃさは働き者で気立てがよくて、あたいはいいとこに嫁にきたと思っていた。あたいも一生懸命働いた。
しばらくすると、おとっつあは、かぜをこじらして、ぽっくり死んでしもうた。あんまり急だったもんだすけ、あんにゃさもあたいも、しばらくは仕事も手につかんほど悲しんでいた。
だども、いつまでも悲しんでいらんねえといって、あるとき、あんにゃさは、いっつも、おとっつあと行っていた池に魚釣りに出かけた。
帰ってくると、にこにこしているから、
「さかな、いっぱい釣れたか?」
と聞いてみた。あんにゃさは、ふところを大事そうに押さえて、
「いんや、一匹も釣れんかった。」
と言って、ごそごそと二階に駆け上がった。
あたいは、あんにゃさ、いいものでも拾ってきたのかな、なんかへんだなと思った。
あんにゃさは、次の日、久しぶりに畑仕事に出かけた。
やれやれ、よかった。あんにゃさは、またもとどおりの働き者のあんにゃさになっていた。あたいも元気がもどってきた。
そんなある日。
あんにゃさは、畑から早く帰ってくると、ただいまもいわないで、ゴソゴソと二階に駆け上がっていった。
あたいは、どうしたんだろうと、そっと見にいった。するとあんにゃさは、長持ちの中から、風呂敷包みを出して広げ、なにやらブツブツ言っている。
何言っているんだろう。
そういえば、この頃、あんにゃさは一人で二階に上がって行くことが多くなったなあ。一人で何しているんだろうと、不思議に思った。
それで、あたいは、あんにゃさが留守のとき、二階に上がってみた。この長もちだ、と思って、中から風呂敷包みを出して、開いてみるると、きらきら光るまるいお盆のようなものが出てきた。これだな。あんにゃさがブツブツ話かけていたのは。あたいはその丸いものをそっとのぞきこんだ。すると、そこには、びっくりした顔の若い女しょがいた。
「なんだ、お前は。」
あたいが聞くと、向こうも、いっしょに、
「なんだ、お前は。」
と、言い返してきた。なんて盗人たけだけしい女しょじゃあ。
「お前はここで何しているんじゃ。」
あたいがいうと、、向こうも負けずに、
「お前はここで何しているんじゃ。」
といばっていうのじゃ。あたいはここの家のあんにゃさの嫁だ。
「ここはあたいの家だ。」
あたいがいうと、向こうも、
「ここは、あたいの家だ。」
ひるまず言い返してくる。えっ、すると、あたいがこの家に嫁に来る前から、この女しょはここにいたのか?
「きー。くやしいー。」
あたいが叫ぶと、向こうも叫んでいた。
「きー、くやしいー。」
バタバタ、バタバタ。
あたいたちの声をききつけて、あんにゃさが階段を駆け上がってきた。
「あねさ、なに、きーきー言っているんだ。」
「これがきーきー、いわんでいられましょか。おめさんは、こんないい女しょいるのに、あたいを嫁にして、きー。」
「何、いっているんだ。女しょなんて、どこにいるんだ。」
「ずっとこの長持ちの中に隠しておいたくせに。きー。しらばっくれて、きー。ほーれ、ここに女しょがいるねか。」
あたいは、あんにゃさに丸い光るものを投げつけた。あんにゃさはそれを拾い上げて、のぞきこんで言った。
「これは死んだおとっつあじゃ。よく見てみろ。」
「なにをしゃーしゃーと。死んだおとっつあなんて言っているんだ。こんな人だとは思わなんだ。」
あたいは、頭にきて、家を飛び出した。
くやしくて、くやしくて涙が出た。
道を歩きながら、あたいはお月様を見上げた。お月様はいつもあたいを見ていてくれる。お月様には、あたいのかかさがいるんじゃ。だから、お月様を見てあたいは、かかさに話しかける。
「いいあんにゃさのとこに嫁に来たと思っていたのに、あんにゃさには女しょがいて、それを長持ちの中に隠していたんじゃ。くやしー。」
・・・・
かかさは、あたいが近所の子にいじめられたとき、あたいをなぐさめてくれたんじゃ。また、慰めてくれると思っていた。
「かかさ、くやしかったんじゃ、くやしかったんじゃ。かかさ・・・」
・・・・
きょうのかかさは、なんか変だ。
・・・
お月様は白い満月だったのが、だんだん暗くなっていた。しばらく見ていると、
赤黒く変わっていった。赤黒い大きな月。どうしたんじゃ。なにがおこったんじゃ。
いつも優しいかかさが、あたいの話をきいて怒っているのか?
「かかさ、どうしたんじゃ?」
かかさは顔を赤黒くしたままじゃった。
しばらくすると、あんにゃさが追いかけて来た。
あたいは、あんにゃさと家にもどった。
あんにゃさは、明かりの前で、丸い光るものをだして、
「ほれ、いっしょに見よう。」
と言ってくれた。
あたいは、あんにゃさと並んで、丸い光るものをのぞいてみた。
そこには、男しょと女しょがいた。あんにゃさは男しょを指さして言った。
「ほら、これが死んだおとっつあだ。」
「じゃあ、この女しょは?」
「それは、おまえのかかさじゃろう。」
「えっ、そうか。あたいのかかさなのか。あたいのかかさは若いときに亡くなったから、若い女しょのままなんだ。」
なーんだ。そうだったのか。女しょはあたいのかかさだったんだ。あたいが心配で見に来てくれていたんだ。
あたいは困ったことがあると、お月様の中のかかさに話しかけていたけど、お月様は雲がかかって見えないときもあってのう。この丸い光るものは、お天気が悪くてもいっつも見られる。いいものじゃなあ。
「あんにゃさ。怒ってかんべんな。この女しょはあんにゃさの隠し女子ではのうて、あたいのかかさだったのか。あたいもときどき、この丸い光るもの借りてかかさの顔をみてもいいか?」
「おお、いいぞ。いくらでも、見たいときはいつでも見れや。」
丸い光るものの中で、あんにゃさのおとっつあと、あたいのかかさが、にっこり笑った。
それから、あんにゃさは、丸い光るものを長持ちにしまうのをやめた。
おしまい。
令和3年皐月 皆既月食の晩
作 楯 よう子
本作品 「月子あねさの語り」
朗読動画 2021年7月22日収録
https://www.youtube.com/watch?v=RAsNANAE28k
種本 「あんじょさんの裁判」
新潟のむかし話2 とんちとちえでうーんとうなる話
朗読動画 2020年 8月2日収録
https://www.youtube.com/watch?v=ginr5ly1kyc
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