悠久城風の間 blog語り部のささやき

悠久城風の間の語り部 楯よう子のささやき

パスティーシュ第17弾「月子あねさの語り」

f:id:yuukyuujyou:20201013214833j:plain

 あなたが鏡をのぞきこんで見えるのは、あなたの顔。あなたが隣の人の鏡をのぞきこんでも、そこに見えるのはあなたの顔。

結局、見えるのはいつも自分の顔っていうことよね?

 

 新潟のむかし話2「あんじょさんの裁判」を読んだ人々は、みな、口々に言うのだった。

「あんにゃさはおとっつあとそっくりだったから、鏡に映った自分の顔をおとっつあだと思ったのね。」

「あねさは、あんにゃさをなんか怪しいと思っているから、鏡の中の自分の顔をあんにゃさの隠し女だと思った。」

「結局、だれでも自分の思っているものを見るということ?こあんじょさんは、鏡の中の人は頭丸めて謝っているからだいじょうぶといったけど、このあねさ、また鏡をみれば、まだ若い女がいつるって、騒ぐんじゃない?」

そこでわたしは、その後、このあねさがどうなったのか、取材を試みた。以下は、月子あねさの陳述である。

 

 あたいの名前は月子。

かかさは、あたいが小さい時に死んでしもうてなあ。ととさも困ったろうのう。あたいが泣くと、ととさは、あたいを抱っこしてあやして言った。

「ほうれ、月子。お月様が見ておる。おまえのかかさは、お月様みたいにまん丸い顔だったぞ。」

あたいはととさの腕の中で泣きやんだ。

 

 あたいは大きくなった。だども、かかさの顔はようわからん。

ととさが、

「おまえのかかさの顔は、まんまるお月様じゃった。」

といっつもいうとったから、お月様を見ると、あれがかかさの顔じゃと思うとった。

あたいは、お月様がよう見えるときはうれしくなる。

あたいはお月様を見上げて、かかさに話をする。

かかさはなんでも、あたいの話を聞いてくれた。

お月様は満月だったり、三日月だったりするども、あたいのかかさはいっつもお月様のなかにいた。

 

 ある年の秋、あたいは年頃になっていて、となり村のあんにゃさのところに嫁に行くことになった。

あんにゃさは、おとっつあと二人で暮らしておった。あんにゃさとおとっつあは生き写しのようにそっくりで、二人で仲よう働いていた。家は貧乏だども、あんにゃさは働き者で気立てがよくて、あたいはいいとこに嫁にきたと思っていた。あたいも一生懸命働いた。

しばらくすると、おとっつあは、かぜをこじらして、ぽっくり死んでしもうた。あんまり急だったもんだすけ、あんにゃさもあたいも、しばらくは仕事も手につかんほど悲しんでいた。

 

 だども、いつまでも悲しんでいらんねえといって、あるとき、あんにゃさは、いっつも、おとっつあと行っていた池に魚釣りに出かけた。

帰ってくると、にこにこしているから、

「さかな、いっぱい釣れたか?」

と聞いてみた。あんにゃさは、ふところを大事そうに押さえて、

「いんや、一匹も釣れんかった。」

と言って、ごそごそと二階に駆け上がった。

あたいは、あんにゃさ、いいものでも拾ってきたのかな、なんかへんだなと思った。

 

 あんにゃさは、次の日、久しぶりに畑仕事に出かけた。

やれやれ、よかった。あんにゃさは、またもとどおりの働き者のあんにゃさになっていた。あたいも元気がもどってきた。

 そんなある日。

あんにゃさは、畑から早く帰ってくると、ただいまもいわないで、ゴソゴソと二階に駆け上がっていった。

あたいは、どうしたんだろうと、そっと見にいった。するとあんにゃさは、長持ちの中から、風呂敷包みを出して広げ、なにやらブツブツ言っている。

何言っているんだろう。

そういえば、この頃、あんにゃさは一人で二階に上がって行くことが多くなったなあ。一人で何しているんだろうと、不思議に思った。

 それで、あたいは、あんにゃさが留守のとき、二階に上がってみた。この長もちだ、と思って、中から風呂敷包みを出して、開いてみるると、きらきら光るまるいお盆のようなものが出てきた。これだな。あんにゃさがブツブツ話かけていたのは。あたいはその丸いものをそっとのぞきこんだ。すると、そこには、びっくりした顔の若い女しょがいた。

「なんだ、お前は。」

あたいが聞くと、向こうも、いっしょに、

「なんだ、お前は。」

と、言い返してきた。なんて盗人たけだけしい女しょじゃあ。

「お前はここで何しているんじゃ。」

あたいがいうと、、向こうも負けずに、

「お前はここで何しているんじゃ。」

といばっていうのじゃ。あたいはここの家のあんにゃさの嫁だ。

「ここはあたいの家だ。」

あたいがいうと、向こうも、

「ここは、あたいの家だ。」

ひるまず言い返してくる。えっ、すると、あたいがこの家に嫁に来る前から、この女しょはここにいたのか?

「きー。くやしいー。」

あたいが叫ぶと、向こうも叫んでいた。

「きー、くやしいー。」

 

バタバタ、バタバタ。

あたいたちの声をききつけて、あんにゃさが階段を駆け上がってきた。

「あねさ、なに、きーきー言っているんだ。」

「これがきーきー、いわんでいられましょか。おめさんは、こんないい女しょいるのに、あたいを嫁にして、きー。」

「何、いっているんだ。女しょなんて、どこにいるんだ。」

「ずっとこの長持ちの中に隠しておいたくせに。きー。しらばっくれて、きー。ほーれ、ここに女しょがいるねか。」

あたいは、あんにゃさに丸い光るものを投げつけた。あんにゃさはそれを拾い上げて、のぞきこんで言った。

「これは死んだおとっつあじゃ。よく見てみろ。」

「なにをしゃーしゃーと。死んだおとっつあなんて言っているんだ。こんな人だとは思わなんだ。」

 あたいは、頭にきて、家を飛び出した。

くやしくて、くやしくて涙が出た。

道を歩きながら、あたいはお月様を見上げた。お月様はいつもあたいを見ていてくれる。お月様には、あたいのかかさがいるんじゃ。だから、お月様を見てあたいは、かかさに話しかける。

「いいあんにゃさのとこに嫁に来たと思っていたのに、あんにゃさには女しょがいて、それを長持ちの中に隠していたんじゃ。くやしー。」

・・・・

かかさは、あたいが近所の子にいじめられたとき、あたいをなぐさめてくれたんじゃ。また、慰めてくれると思っていた。

「かかさ、くやしかったんじゃ、くやしかったんじゃ。かかさ・・・」

・・・・

きょうのかかさは、なんか変だ。

・・・

お月様は白い満月だったのが、だんだん暗くなっていた。しばらく見ていると、

赤黒く変わっていった。赤黒い大きな月。どうしたんじゃ。なにがおこったんじゃ。

いつも優しいかかさが、あたいの話をきいて怒っているのか?

「かかさ、どうしたんじゃ?」

かかさは顔を赤黒くしたままじゃった。

 

 しばらくすると、あんにゃさが追いかけて来た。

あたいは、あんにゃさと家にもどった。

あんにゃさは、明かりの前で、丸い光るものをだして、

「ほれ、いっしょに見よう。」

と言ってくれた。

 あたいは、あんにゃさと並んで、丸い光るものをのぞいてみた。

そこには、男しょと女しょがいた。あんにゃさは男しょを指さして言った。

「ほら、これが死んだおとっつあだ。」

「じゃあ、この女しょは?」

「それは、おまえのかかさじゃろう。」

「えっ、そうか。あたいのかかさなのか。あたいのかかさは若いときに亡くなったから、若い女しょのままなんだ。」

なーんだ。そうだったのか。女しょはあたいのかかさだったんだ。あたいが心配で見に来てくれていたんだ。

 あたいは困ったことがあると、お月様の中のかかさに話しかけていたけど、お月様は雲がかかって見えないときもあってのう。この丸い光るものは、お天気が悪くてもいっつも見られる。いいものじゃなあ。

「あんにゃさ。怒ってかんべんな。この女しょはあんにゃさの隠し女子ではのうて、あたいのかかさだったのか。あたいもときどき、この丸い光るもの借りてかかさの顔をみてもいいか?」

「おお、いいぞ。いくらでも、見たいときはいつでも見れや。」

丸い光るものの中で、あんにゃさのおとっつあと、あたいのかかさが、にっこり笑った。

 それから、あんにゃさは、丸い光るものを長持ちにしまうのをやめた。

おしまい。

 

令和3年皐月 皆既月食の晩

 

作     楯 よう子

 

 

本作品 「月子あねさの語り」

     朗読動画 2021年7月22日収録

https://www.youtube.com/watch?v=RAsNANAE28k

 

種本   「あんじょさんの裁判」

     新潟のむかし話2  とんちとちえでうーんとうなる話

     新潟県学校図書館協議会編

朗読動画 2020年 8月2日収録

https://www.youtube.com/watch?v=ginr5ly1kyc

 

 

令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間 

ホームページ       http://yuukyuujyou.starfree.jp/

works旅の声         http://yuukyuujyou.starfree.jp/works.html

blog語り部のささやき  http://yuukyuujyou.starfree.jp/blog.html