目が覚めた。
がぉーーと、いつもの朝の遠吠え・・・吠えたつもりだったけど・・・
ふぁーあ。
あれ?変だ。
もう一回やってみた。朝の遠吠え・・・
ふぁーあ。
やっぱり、がぉーになっていないよ。今朝は変だ。
わらわは自分の口を触ってみた。
あれ?耳まで裂けているはずの口が、おちょぼ口になっているよ。
顔を触ってみた。あれ?つるつる、ふっくらほっぺになっているよ。がさがさじゃない!しわになってない!
じゃあ、髪の毛は?針金みたいなまっ白のザンバラ髪が、しっとり、しなやか。長い黒髪になっている!
あっ、そうか。わらわは、今朝は、冬眠から目覚めたんだ。
たっぷり冬眠すると、おっとろしい鬼婆の顔や髪の毛が、すっかり若返って、器量よしのあねさにもどってるんだ。そうか。うふふふ。
さあ、春だ、春だ。
けど、わらわは、まだ眠たくてぼんやりしていた。
村まで歩いてきたよ。どこだ、どこだ。ここはどこだ。
そろそろ、お仕事だよ。
とんとん。戸をたたいた。
「旅のものです。今晩一晩、泊めてくださいな。」
出て来たあんにゃさは、わらわを見ても逃げ出さなかった。おとなしそうな、いいあんにゃさだ。ふふふふー。
「おれのとこは、びんぼうだから、まんまもだせねえぞ。」
あんにゃさは、わらわを見て、まぶしそうな顔をしていった。
「どこでもいいから、おいてくらっしゃれ。まんまなんか、ちっとも食わんでいいから。」
うまいこと、家に上がり込んだ。そうして、また眠りこけた。
次の日、あんにゃさは、あきれていた。
「おまえさん、いつまで寝ていなさる?」
えっ、そんなに寝てたかな・・
「寝るなら、屋根裏部屋で寝てくれ。」
寝てくれといわれて、わらわは屋根裏部屋に上がって、また寝てしもた。
冬眠から覚めたばかりだと、眠ったくて、眠ったくて、いくらでも寝てしまうのだったよ。
ぐーぐー。すやすや。ぐーぐー。すやすや。
目が覚めた。
ふあーあ、ふあーあ。
よし、がぉーでないぞ。わらわは器量よしのあねさだ。
うっかり寝続けていて、婆になっていたことがあったなあ。あんときはあわてた。仕事がやりにくくなるからな。
さあ、そろそろ働かないと、秋になってしまうよ。
あー?なんだ?いい匂いだ。屋根裏から、下の土間をのぞいたよ。
あんにゃさが、まんまを炊いてるぞ。まんまが炊ける匂いだ。いい匂いだなあ。それにしても、ずいぶんでっかい釜だ。びんぼうだっていっていたのに釜はでかいぞ。
あんにゃさは、にぎりめしを作り始めたよ。いったい、いくつ作るんだ。はんぎりおけに、にぎりめしの山ができた。わらわの分もにぎっているんだな・・・。よし、よし。
あれれ・・あんにゃさは、ひとりでもりもり、食べ始めたよ。
もりもり、もりもり・・
「うんめえ。うんめえ。これでやっと食うたような気がする。」
うまそう・・わらわにもおくれー。あんにゃさー、でっこいにぎりめし・・ほしいよ・・
ほしいよ・・・わらわの口はよだれを垂らしながら、どんどん前に突き出た。
にぎりめしほしいよ・・・
ぎゃあーー。ドデーン。
わらわの口が前に突き出すぎて、屋根裏から転げ落ちたよ。
「いたたた・・・」
「どうしたんだ?むしゃ、むしゃ・・・」
あんにゃさは食べるのに夢中で、わらわが屋根裏から落ちたの、気がつかないのか?
まだ食べているよ。
「おまえさま、びんぼうだからまんま出せねえとかいうて、一人でそんなに食べるのか?」
「ああ。おれ、にぎりめし、うんまいからなあ。もりもり、むしゃむしゃ。」
「わらわにも、食べさせておくれでないかえ。」
「おまえさんの分はなーい。もりもり、もりもり・・・」
「にぎりめし、まだ、あるじゃないか。」
「これはおれの昼飯だー。むしゃむしゃ。」
「わらわにはくれない気だな。」
いいあんにゃさだと思ったのに、どけち。
「ああ。あねさの分はなーい。」
むしゃむしゃ。もりもり。
「あねさ、そろそろ帰ってくれないか。」
そら、きた。わらわは、おちょぼ口が大きく裂けないように気をつけながら、かわいげにいった。
「わらわは、いま屋根裏から落っこちて足を痛めてしもた。歩けないよ。」
「おまえさんの家はどこだ。」
「山の岩屋だよ。」
「いつまでもおれんちにいられても、めしはでないからな。」
「じゃあ、あんにゃさが、岩屋まで送っておくれー。」
わらわは、器量よしのあねさのままで、いい終えた。
あんにゃさは山仕事のついでに、わらわを岩屋まで送ってくれることになった。
しめしめ。いい調子。
あんにゃさは、残りのにぎりめしを頭にくくりつけた。わらわはあんにゃさの背中に飛び乗った。
えいこらどっこい。えいこらさっさ。出発じゃ。
いひひひ。いいぞ、いいぞ。あんにゃさは、にぎりめしをたっぷり食べたなー。わらわにくれなくたって、いいさー。どーせ、あんにゃさの腹の中に、にぎりめしがたっぷりはいっているからな。
うひひひひ。うれしいな、うれしいな。岩屋に帰って、早く食べたいな。
ん?あんにゃさは力持ちだな。はやいぞ、はやいぞ。風を切って飛ぶように走ったよ。
わらわは振り落とされないように、あんにゃさの背中にしがみついていた。
このあんにゃさ、なかなかやるわい。役に立たちそうだ。すぐに食べるのはもったいないかな。しばらく下男にして使ってやってもいいぞ。
そのとき、どんどん、どんどん。
わらわの頭に、なんかぶつかってきたよ。なんだ?柔らかいよ。あっ、あんにゃさの頭にくくりつけられたにぎりめしだ。どーうれ、どれ。ちょっと食べてみてやろうかな。
わらわは、あんにゃさの背中でにぎりめしを食べたよ。むしゃむしゃ。
「あー、うんまい、うんまい。にぎりめしは、うんまいもんだなあ。」
すると、いきなり、あんにゃさは、どっと、止まった。
「それは、おれの昼飯だ。」
わらわは、にぎりめしを食べたから、口が広がって、もうおちょぼ口でなくなっていた。まずいぞ。正体、ばれるぞ。わらわは、がおーといいそうになるのをこらえて、口を押さえながらいった。
「痛いよ、痛いよ。足が痛みだしたよ。早く帰りたいよう。」
わりとかわいい声でいえた。
「あんにゃさ。足が痛いよう。急いでおくれ。」
こんどは、あんまりかわいい声でなくなってきた。
あんにゃさがふりかえったとき、わらわは、もう口が裂けてきて器量よしでなくなっているから、顔を手でおおった。
「あねさ、泣いているのか?そんなに痛いのか?」
「えーん、えーん。」
あんにゃさにいわれて、急いで泣きまねをした。
だども、泣き声もかわいい声でなかった。
「だいぶ痛いのか?あっ、あそこに菖蒲が生えている。菖蒲をとってきてやるよ。」
「えっ、菖蒲とな。」
わらわは菖蒲は大の苦手なのじゃ。刀の刃のようにするどく立っていて、こわいじゃないか。
「あんにゃさ、菖蒲はいいよ。菖蒲は嫌いじゃ。それより、はよう、うちに帰してくれ。」
と叫んだ。
「なにいっているだ。菖蒲を持って帰って、うちで菖蒲湯に入れ。足の痛いのがなおるぞ。」
そういって、あんにゃさは、菖蒲をとってきた。
ぎゃおー。
わらわが叫んでいるのにかまわず、あんにゃさは、菖蒲を一束にして、わらわにくくりつけた。
わらわは、
「助けてー、菖蒲こわいよー、わらわの背中が切れるよう。」
と叫んだが、あんにゃさは、ちっとも聞いてくれない。そのまま、わらわと菖蒲を背中にしょって走った。
わらわはあんまり叫んだら、口が裂けてきて、おっとろしい鬼婆の顔になってくるぞ。
そうとも知らないで、あんにゃさは、風を切って飛ぶように走り続けた。
「わらわのからだから菖蒲とってくれー。菖蒲捨てろー。」
何度言っても、あんにゃさは聞いていない。夢中に走り続けている。もうだめだ。岩屋までいかないで、ここであんにゃさを食らうしかない。わらわが、がおーと叫ぼうとしたとき、
そのとき、あんにゃさは、いきなり、どっと、止まった。
何か見つけたようだ。
「あっ。ヨモギだ。」
そして、あんにゃさは藪に入って行った。
「きれいな餅草だ。」
わらわをおぶったまま、ヨモギを摘み始めた。
「ぎょーえー、菖蒲の次はヨモギだと。やめてくれ。臭い臭い。臭いじゃないかー。」
「嫌な臭いがするじゃないか。苦しいじゃないかー。」
わらわが叫んでも、あんにゃさは平気な顔してヨモギを摘みながらいった。
「あねさは笹団子つくらないのか?このヨモギでいい笹団子ができるぞ。」
「ヨモギは苦手なのじゃ。ヨモギを捨ててくれー。ヨモギから離れてくれー。」
「なにいっているだ。あねさは笹団子、食べないのか?にぎりめしもうんまいが、笹団子もうんまいぞ。」
「ん?笹団子とな?笹団子は、にぎりめしよりうんまいのか?」
「あねさは笹団子、食べたことないのか?」
ああ、わらわが、冬眠の前に食べたのは、塩鯖と牛だったかなあ。米のあったかいまんま食べたのも、そういえば何百年ぶりになるかのう。あんにゃさのにぎりめしはうんまかったのう。わらわは笹団子という食いもんは食べたことないぞ。それはあんにゃさよりうんまいもんかのう?あんにゃさもうまげだがの。あんにゃさがうまいというからには、笹団子は、あんにゃさより、うんまいもんじゃろうかのう。
「あんにゃさが笹団子を作るのか?」
「いやあ、おらとこのかかさが作ってくれる。」
「ふーん。かかさがのう。ヨモギ、臭いだろうに?」
「団子に入れてこねれば、餅草はいい匂いになる。」
「ヨモギは、苦いじゃろう?」
「笹団子は苦くなんてないぞ。あんこも入っているから、甘いぞ。いい味になる。ヨモギの入った餅の中にあんこを入れて笹の葉で包むんじゃ。越後のかかさはみーんな笹団子作りの名人じゃがのう。おらとこのかかさの笹団子が一番うまいんじゃ。」
「ふーん。ヨモギがいい匂いで、いい味になる?」
「そうじゃ、そうじゃ。かかさが餅に入れてこねれば、餅草はいい味になるんじゃ。」
「そういうもんかのう・・。うまいのかのう?わらわもあんにゃのかかさの作った笹団子、食べてみようかの。」
「この先に、かかさのうちがあるから、寄ってみるか?」
「おー。みるみる。」
わらわは、笹団子が食いたくなった。
「よーし。食うぞ。食うぞ。笹団子。」
「よーし。おれも食うぞ、笹団子。あねさといっしょに。」
おお、あんにゃさもいっぱい食ってくれ。
あんにゃさは、またヨモギを摘んだ。そして、わらわに縛りつけられている菖蒲の上にヨモギもくくりつけた。わらわは、ヨモギの臭いに顔をしかめて、もっと顔がくずれた。だいぶ顔がくずれてきたが、まだ半分はあねさの顔のままだ。
わらわは、あんにゃさの背中におぶわれて、あんにゃさのかかさの家に寄ることにした。
まず、笹団子を食ってみよう。そして、笹団子の味をみてから、あんにゃさを食ってもいいがの。
あんにゃさは、うんまいにぎりめしをたーんと食べてるから、うんまいぞ。うひひ。
そんで、笹団子がうんまかったら、うんまい笹団子を食べたあんにゃさは、もっとうんまくなっているぞ。
うっひひひー。あんにゃさ、笹団子、たーんと食べてくれ。
「食うぞ、食うぞ、笹団子。」
わらわはあんにゃさの背中におぶわれながらいった。
「食うぞ、食うぞ。かかさの笹団子。」
あんにゃさも、走りながらいった。
あんにゃさは、にぎりめしも笹団子も好きなんだな。みーんな、いっぱい食ってくれ。そして、あんにゃさも、もっともっとうんまくなーれ。
うひっひひーだ。
あんにゃさは、わらわと菖蒲とよもぎをしょって、風の中を走った。
風の中を走るのはきもちよかった。
わらわは菖蒲で背中が切られたりしなかった。ヨモギの匂いも気にならなくなってきた。
あんにゃさは、力いっぱい走った。あんにゃさの汗が飛んで風に流れた。
わらわのよだれも風に流れた。
かかさの家が見えてきた。うふふふ。
おしまい
令和4年 今年の墓参りもリモートで
本作品 越後おとぎ話22話 「食うぞあねさの語り」
朗読動画収録 2023年4月27日
箱庭劇場 出演
あねさ 京都人形
あんにゃさ Muggsie made in Korea
にぎりめし アーモンドボール
ショウブ 高知家 にら
種本 「食わず嫁さ」
新潟のむかし話 こわくてふるえる話
朗読動画収録 2020年 3月6日
https://www.youtube.com/watch?v=vgum6OibvAY&t=48s
Blog 「鬼婆はきれいな女になりたがる?」
令和2年弥生 かい巻きを着て例年とは違う3月
https://yuukyuujyou.hatenablog.com/entry/2020/03/09/144047
類話 「くわずよめさ」
読みがたり新潟のむかし話 2000年
朗読動画収録 2023年1月21日収録
https://www.youtube.com/watch?v=brgDEDTddqo
テーマ曲 ♪ 「おにぎりモリモリ」
見たね。あたしの正体。そうさ、あたしは、大食い、モリモリ。
おにぎり1個じゃ足りないよ。2個でも3個でもまだ足りぬ。
20個、30個作ろうじゃないか。
夜中に食うよ。がっつり食うよ。一升食うよ。ばさでも食うよ。モリモリモリモリ。
腹が減るんじゃないんだよ。頭がからっぽ。からっぽ。
からっぽ頭、おにぎりほしい。ばさの頭はからっぽ。
おにぎり、おにぎり、もっと食え。
あたしの頭、もっとよくなーれ。モリモリモリモリ。
令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間
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