悠久城風の間 blog語り部のささやき

悠久城風の間の語り部 楯よう子のささやき

パスティーシュ第13弾「竜宮生まれ乙姫ばばさの語り」


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  年をとったら、のんびり暮らしたいね。憧れの年金暮らし。らあくらくと暮らしていけたらいいよね。浦島太郎みたいに、村に帰ったら、一気に年取ってしまって、だれも自分を知らないとなると、助けてくれる人もいないわけだけど・・・。

まあ、そこにいくと、わたしたちは、とってもゆっくり年とっていくから、なんとかなるかしら。

                              

 新潟のむかし話2「犬と猫と宝槌」を読んだ人々は、みな、口々に言うのだった。

「じじさは、いじめられていたカメを助けた。それでカメは、お礼に、宝の槌をじじさとばばさの枕元においたんだよね。」

「犬と猫は、じじさとばばさにかわいがられていた。だから、犬と猫は、がんばって、盗まれた宝の槌を取り返してあげた。」

「やさしくされると、お返ししたくなるよね。ところで、このじじさのつれあいのばばさ、とってもやさしそう。しあわせな人ね。このばばさのこと、もっと知りたいな。」

 そこで、私は、仏のばばさに取材を試みた。以下は、竜宮生まれ乙姫ばばさの陳述である。

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 わらわはのう、ここらあたりではのう、仏のばばさと呼ばれておるがのう。生まれは、ほれ、聞いたことあるじゃろう、竜宮城じゃあ。そう、わらわは乙姫じゃったのじゃ。 

 浦島太郎の話はそなたらも聞いておろう。竜宮のカメを太郎が救ってくれたゆえ、竜王様が使いを出して、太郎を竜宮に招いたのじゃ。

カメの背中に乗って太郎は、竜宮城にやってきた。なんて美しい、なんてりりしい若者。わらわは一目で恋に落ちた。

「さあ、太郎どの。ようこそ、竜宮城へ。どうぞごゆるりと、おくつろぎくださいませ。」

太郎とわらわの楽しい時が続いた。

そして三日ほどたったとき、太郎はふと、ふるさとの村に残してきたおっかさんを思い出したのじゃ。

「おっかさんをひとりにしてきたゆえ、帰らなければなりません。」

「まあ、太郎どの・・・」

太郎の決意は固かった。わらわは、太郎に玉手箱を渡し、太郎は竜宮から去った。

太郎のいなくなった日々。それは灰色の時間じゃった。わらわがいくら涙を流しても灰色の時間は、生き返らなかった。

竜王がいった。

「どうしたのじゃ、乙姫。元気を出すのじゃ。」

「わらわは、太郎どのに会いたい、太郎どののもとへ行きたい。」

「何をいう。乙姫。それはならぬ。お前は竜宮の姫。竜宮で婿を迎えるのじゃ。」

「でも・・・」

このままでは、わらわは生きていけぬ。そうだ。父竜王が何をいおうと、わらわは、太郎のもとにまいろう。わらわは、密かにカメの背中に乗って竜宮を後にし、太郎の村に向かった。

「たろうどのー、たろうどのー。」

あっ、あそこにいるのは太郎ではないか。

太郎じゃ。太郎はひとり、ぼんやり、海辺にたたずんでいた。太郎の足元には、わらわの渡した玉手箱が置いてあった。

「太郎どの。」

太郎は顔を上げた。

「そなたは乙姫・・・」

わらわは、太郎にかけより、太郎に飛びつき、抱きついた。

「ああ、たろう、太郎どの。」

わらわはこの瞬間をやっと手にいれた。太郎を抱きしめ、しっかりと目を閉じた。二人の時が止まった。わらわはむせび泣いていたかもしれない。すると、

「乙姫、乙姫・・・」

「えっ、なに?」

「乙姫、そなたの顔が・・・」

いぶかしげな太郎の声。

わらわは目を開けた。そして見た。煙に包まれた太郎の顔。

「太郎どの、どうしたのじゃ。太郎どの、お前は太郎どのか?どうしてじじさに入れ替わったのじゃ?」

「乙姫、乙姫。そなたこそ、どうして、ばばさに入れ替わったのじゃ?」

「えっ、ばばさだと?」

あたりは煙がたちこめていた。その煙の中で太郎はじじさとなって、わらわはばばさとなって、抱き合っていたのじゃ。足元には玉手箱のふたがはずれてころがっていた。

太郎が竜宮城を出るとき、あんなにも強く、わらわはいったのに。

「この玉手箱のふたを、けっしてあけてはいけませんよ。」

それなのに、太郎に飛びついた時、わらわは、その玉手箱にけつまずいてしもうたんじゃ。ふたのあいた箱からは、まだ白い煙が立ちのぼっていた。モクモク、モクモク。モクモク、モクモク。

白い煙の中で太郎は白髪のじじさに、わらわは白髪のばばさになっていた。太郎に出合えたと思った瞬間に、美しく、りりしい若者だった太郎は白髪のじじさに変わってしまった。竜宮一の美女、乙姫といわれていたわらわも、しわだらけのばばさに変わってしもうたんじゃ。

玉手箱のふたが開くと、竜宮の三日がこの村では三百年になるのじゃった。

太郎のおっかさんは、とうになくなっていた。

それから、じじさとばばさになった太郎とわらわは、村はずれで暮らした。太郎は、りりしい若者ではなくなってしまったが、やさしさはかわらなかった。

 

 竜宮でたくさんの魚やイカやタコにかしずかれていたわらわに、太郎は犬と猫をつけてくれた。犬と猫にかしずかれて、太郎とわらわは暮らすことができた。そのうち、太郎とわらわは、もっと腰が曲がり、畑仕事も難儀くなってきた。太郎とわらわと犬と猫の食べ物もなくなってきた。困ったことじゃった。

そんなある日、表でごそごそと音がした。

「なんじゃろう。」

わらわが戸を開けると、そこにいたのは、竜宮城のカメ。太郎が助けたカメ。

「おお、カメではないか。」

「乙姫さま。ようやく、ここがわかりました。すっかり、お変わりになってしまわれて。うううううー。」

カメはわらわの姿を見て泣き出した。

竜王さまのところに、玉手箱の煙が届きました。それで竜王さまは、姫さまが苦労なさっているといわれて、姫さまにこれをお届けするよう、いわれました。」

カメは小さな宝槌をさし出した。

「毎日、朝になれば、小判が一枚、槌の上にあがってくる。その小判で、らあくらくと暮らしてもらいたい。竜王さまは姫さまにこう伝えてくれといわれました。」

竜王は、わらわが勝手に竜宮を飛び出してしまったのに、それでも心配してくれて、宝槌を届けてくれたのじゃ。なんとありがたい父の恩。わらわは宝槌を神棚にお供えした。そして、太郎と喜びあった。

 それからは毎朝、宝槌の上に小判が一枚あがってきた。太郎とわらわと犬と猫の暮らし向きはだんだんよくなってきた。

 村では、太郎は仏のじじさ、わらわは仏のばばさと呼ばれた。わらわは年取ったけれど、やさしい太郎といっしょに暮らせて、しあわせじゃった。犬と猫もよく働いてくれた。

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 そんな我が家の暮らしを、のぞいているものがあった。となりの欲ばりじいやじゃった。毎朝、わらわと太郎が神棚を拝んでいると、欲ばりじいやが窓の外からじっとそれを見ていた。

 そして、ある日、わらわが町に買い物に行って帰って来ると、神棚にあるはずの宝槌がなくなっているのじゃ。わらわは太郎と相談して、犬と猫をとなりの欲ばりじいやの家に見にやった。

「にゃあ、にゃあ。大変だ。大変だ。欲ばりじいやが、じぶんちに宝槌を持っていって拝んでいるよ、にゃあ、にゃあ。」

「わんわん。おかしいよ。おかしいよ。欲ばりじいやが、宝槌に、むにゃむにゃ、でたらめの呪文をとなえているよ。わんわん。」

「にゃあ、にゃあ。欲ばりじいやが、小判が出てこないといって怒っているよ。にゃあにゃあ。」

そして、どどどどっと足音がして、欲ばりじいやがやってきた。

「なあ、なあ、仏のじじさとばばさ、宝槌のまじないの文句を教えてくれ。じじさとばばさは、毎日なんていっていたのじゃ?どう呪文をとなえると小判が出てくるのじゃ?」

「隣のじいや、まじないの文句なぞでは、ないぞ。竜王さまに『おはようございます。きょうも良き日にございます』といっていただけじゃ。」

「なんと、『おはようございます。きょうも良き日にございます』とな。あい、わかった。」

隣の欲ばりじいやは、どどどどっと自分の家にもどった。すぐに大声が聞こえた。

「おはようございます。きょうも良き日にございます。」

「おはようございます。きょうも良き日にございます。」

何回か繰り返す声が響いた。

しばらくすると、また、となりの欲張りじいやは、どどどどっとやってきた。

「なあなあ、仏のじじさとばばさ、何回『おはようございます。きょうも良き日にございます』と唱えても小判は出てこぬぞ。どうしてなのじゃ?」

太郎がいった。

「その宝槌は、竜王が娘の乙姫にあたえたもの。乙姫でなければ、小判は出ないのじゃ。」

「なに?乙姫とな?乙姫などどこにおるのじゃ?」

「ここに、お前の目の前におる。」

「ええっ?これはお前のとこのばばさではないか?」

「そうじゃ、このばばさが乙姫じゃ。」

「ええーい。なんだと。これは、ばばさではないか。乙姫だなどと、わしはごまかされんぞ。めんどうな仏のじじと、ばばだ。つべこべいってないで、呪文を教えろ。教えないなら、ばばをさらっていくぞ。」

そうして、となりの欲ばりじいやは、わらわを横抱きにして連れていこうとしたのだ。

「きゃー、たすけてー。」

太郎は急に腰をまっすぐにして、さけんだ。

「まて、おらとこのばばさに手をだすな。」

猫もさけんだ。にゃあー。にゃあー。にゃおおー。

犬も吠えた。わおー。わおー。わおおー。

そして、太郎、犬猫軍団と、欲ばりじじさとの大立ち回り。

「がんばって、太郎どの。犬、猫。」

となりのじいやが、いくら欲の皮がつっぱっていても、これでは勝ち目はなかった。すごすごと退場。

「ああー、なんてかっこいいのじゃあ、太郎どの。」

わらわは惚れ直した。犬と猫もよく戦ってくれた。ありがたいことじゃ。

わらわは、太郎と犬と猫といっしょに、欲ばりじいやのうちに宝槌をとりもどしにいった。するとじいやのうちの前で、竜宮のカメが、じいやの足にかぶりついていた。

「いててて、いててて。わかった。わかった。宝の槌は返すから、離してくれ。」

欲ばりじいやは、槌を返してくれた。こうしてようやく、宝の槌は我が家の神棚にもどった。

「カメもきてくれたのう。」

とわらわがいうと、カメは、

「このところ、姫さまのお声が聞こえないで変な声が聞こえるといって、竜王さまが見てくるようにとのことでございました。」

そうか、竜王さまがのう。ありがたいことじゃ。もったいないことじゃ。

カメもごくろうじゃった。

 それからは、欲ばりじいやはもう、うちをのぞいたりしなくなった。

念のため、猫は夜の番をすることになり、犬は昼の番をすることになった。

犬と猫に守られて、宝槌は毎朝、小判を出してくれている。ときどきはカメもわらわと宝槌を見に来てくれる。

わらわは、太郎と、犬と猫といっしょに、らあくらくと暮らせる。

この暮らしも、みんな竜宮の竜王のおかげじゃ。

わらわは、まだまだ、長生きするぞ。

めでたし、めでたし。

おしまい。

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令和3年卯月 花吹雪が舞い始めた日

 

本作品「竜宮生まれ乙姫ばばさの語り」

朗読動画 2021年4月19日収録

https://www.youtube.com/watch?v=El4-ibzGbNA

 

種本 「犬と猫と宝槌」

新潟のむかし話2  心をうたれてじーんとする話

新潟県学校図書館協議会編2006年

朗読動画 2020年6月7日収録

https://www.youtube.com/watch?v=jEUHOT1MmuY

  

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