年をとったら、のんびり暮らしたいね。憧れの年金暮らし。らあくらくと暮らしていけたらいいよね。浦島太郎みたいに、村に帰ったら、一気に年取ってしまって、だれも自分を知らないとなると、助けてくれる人もいないわけだけど・・・。
まあ、そこにいくと、わたしたちは、とってもゆっくり年とっていくから、なんとかなるかしら。
新潟のむかし話2「犬と猫と宝槌」を読んだ人々は、みな、口々に言うのだった。
「じじさは、いじめられていたカメを助けた。それでカメは、お礼に、宝の槌をじじさとばばさの枕元においたんだよね。」
「犬と猫は、じじさとばばさにかわいがられていた。だから、犬と猫は、がんばって、盗まれた宝の槌を取り返してあげた。」
「やさしくされると、お返ししたくなるよね。ところで、このじじさのつれあいのばばさ、とってもやさしそう。しあわせな人ね。このばばさのこと、もっと知りたいな。」
そこで、私は、仏のばばさに取材を試みた。以下は、竜宮生まれ乙姫ばばさの陳述である。
わらわはのう、ここらあたりではのう、仏のばばさと呼ばれておるがのう。生まれは、ほれ、聞いたことあるじゃろう、竜宮城じゃあ。そう、わらわは乙姫じゃったのじゃ。
浦島太郎の話はそなたらも聞いておろう。竜宮のカメを太郎が救ってくれたゆえ、竜王様が使いを出して、太郎を竜宮に招いたのじゃ。
カメの背中に乗って太郎は、竜宮城にやってきた。なんて美しい、なんてりりしい若者。わらわは一目で恋に落ちた。
「さあ、太郎どの。ようこそ、竜宮城へ。どうぞごゆるりと、おくつろぎくださいませ。」
太郎とわらわの楽しい時が続いた。
そして三日ほどたったとき、太郎はふと、ふるさとの村に残してきたおっかさんを思い出したのじゃ。
「おっかさんをひとりにしてきたゆえ、帰らなければなりません。」
「まあ、太郎どの・・・」
太郎の決意は固かった。わらわは、太郎に玉手箱を渡し、太郎は竜宮から去った。
太郎のいなくなった日々。それは灰色の時間じゃった。わらわがいくら涙を流しても灰色の時間は、生き返らなかった。
父竜王がいった。
「どうしたのじゃ、乙姫。元気を出すのじゃ。」
「わらわは、太郎どのに会いたい、太郎どののもとへ行きたい。」
「何をいう。乙姫。それはならぬ。お前は竜宮の姫。竜宮で婿を迎えるのじゃ。」
「でも・・・」
このままでは、わらわは生きていけぬ。そうだ。父竜王が何をいおうと、わらわは、太郎のもとにまいろう。わらわは、密かにカメの背中に乗って竜宮を後にし、太郎の村に向かった。
「たろうどのー、たろうどのー。」
あっ、あそこにいるのは太郎ではないか。
太郎じゃ。太郎はひとり、ぼんやり、海辺にたたずんでいた。太郎の足元には、わらわの渡した玉手箱が置いてあった。
「太郎どの。」
太郎は顔を上げた。
「そなたは乙姫・・・」
わらわは、太郎にかけより、太郎に飛びつき、抱きついた。
「ああ、たろう、太郎どの。」
わらわはこの瞬間をやっと手にいれた。太郎を抱きしめ、しっかりと目を閉じた。二人の時が止まった。わらわはむせび泣いていたかもしれない。すると、
「乙姫、乙姫・・・」
「えっ、なに?」
「乙姫、そなたの顔が・・・」
いぶかしげな太郎の声。
わらわは目を開けた。そして見た。煙に包まれた太郎の顔。
「太郎どの、どうしたのじゃ。太郎どの、お前は太郎どのか?どうしてじじさに入れ替わったのじゃ?」
「乙姫、乙姫。そなたこそ、どうして、ばばさに入れ替わったのじゃ?」
「えっ、ばばさだと?」
あたりは煙がたちこめていた。その煙の中で太郎はじじさとなって、わらわはばばさとなって、抱き合っていたのじゃ。足元には玉手箱のふたがはずれてころがっていた。
太郎が竜宮城を出るとき、あんなにも強く、わらわはいったのに。
「この玉手箱のふたを、けっしてあけてはいけませんよ。」
それなのに、太郎に飛びついた時、わらわは、その玉手箱にけつまずいてしもうたんじゃ。ふたのあいた箱からは、まだ白い煙が立ちのぼっていた。モクモク、モクモク。モクモク、モクモク。
白い煙の中で太郎は白髪のじじさに、わらわは白髪のばばさになっていた。太郎に出合えたと思った瞬間に、美しく、りりしい若者だった太郎は白髪のじじさに変わってしまった。竜宮一の美女、乙姫といわれていたわらわも、しわだらけのばばさに変わってしもうたんじゃ。
玉手箱のふたが開くと、竜宮の三日がこの村では三百年になるのじゃった。
太郎のおっかさんは、とうになくなっていた。
それから、じじさとばばさになった太郎とわらわは、村はずれで暮らした。太郎は、りりしい若者ではなくなってしまったが、やさしさはかわらなかった。
竜宮でたくさんの魚やイカやタコにかしずかれていたわらわに、太郎は犬と猫をつけてくれた。犬と猫にかしずかれて、太郎とわらわは暮らすことができた。そのうち、太郎とわらわは、もっと腰が曲がり、畑仕事も難儀くなってきた。太郎とわらわと犬と猫の食べ物もなくなってきた。困ったことじゃった。
そんなある日、表でごそごそと音がした。
「なんじゃろう。」
わらわが戸を開けると、そこにいたのは、竜宮城のカメ。太郎が助けたカメ。
「おお、カメではないか。」
「乙姫さま。ようやく、ここがわかりました。すっかり、お変わりになってしまわれて。うううううー。」
カメはわらわの姿を見て泣き出した。
「竜王さまのところに、玉手箱の煙が届きました。それで竜王さまは、姫さまが苦労なさっているといわれて、姫さまにこれをお届けするよう、いわれました。」
カメは小さな宝槌をさし出した。
「毎日、朝になれば、小判が一枚、槌の上にあがってくる。その小判で、らあくらくと暮らしてもらいたい。竜王さまは姫さまにこう伝えてくれといわれました。」
父竜王は、わらわが勝手に竜宮を飛び出してしまったのに、それでも心配してくれて、宝槌を届けてくれたのじゃ。なんとありがたい父の恩。わらわは宝槌を神棚にお供えした。そして、太郎と喜びあった。
それからは毎朝、宝槌の上に小判が一枚あがってきた。太郎とわらわと犬と猫の暮らし向きはだんだんよくなってきた。
村では、太郎は仏のじじさ、わらわは仏のばばさと呼ばれた。わらわは年取ったけれど、やさしい太郎といっしょに暮らせて、しあわせじゃった。犬と猫もよく働いてくれた。
そんな我が家の暮らしを、のぞいているものがあった。となりの欲ばりじいやじゃった。毎朝、わらわと太郎が神棚を拝んでいると、欲ばりじいやが窓の外からじっとそれを見ていた。
そして、ある日、わらわが町に買い物に行って帰って来ると、神棚にあるはずの宝槌がなくなっているのじゃ。わらわは太郎と相談して、犬と猫をとなりの欲ばりじいやの家に見にやった。
「にゃあ、にゃあ。大変だ。大変だ。欲ばりじいやが、じぶんちに宝槌を持っていって拝んでいるよ、にゃあ、にゃあ。」
「わんわん。おかしいよ。おかしいよ。欲ばりじいやが、宝槌に、むにゃむにゃ、でたらめの呪文をとなえているよ。わんわん。」
「にゃあ、にゃあ。欲ばりじいやが、小判が出てこないといって怒っているよ。にゃあにゃあ。」
そして、どどどどっと足音がして、欲ばりじいやがやってきた。
「なあ、なあ、仏のじじさとばばさ、宝槌のまじないの文句を教えてくれ。じじさとばばさは、毎日なんていっていたのじゃ?どう呪文をとなえると小判が出てくるのじゃ?」
「隣のじいや、まじないの文句なぞでは、ないぞ。竜王さまに『おはようございます。きょうも良き日にございます』といっていただけじゃ。」
「なんと、『おはようございます。きょうも良き日にございます』とな。あい、わかった。」
隣の欲ばりじいやは、どどどどっと自分の家にもどった。すぐに大声が聞こえた。
「おはようございます。きょうも良き日にございます。」
「おはようございます。きょうも良き日にございます。」
何回か繰り返す声が響いた。
しばらくすると、また、となりの欲張りじいやは、どどどどっとやってきた。
「なあなあ、仏のじじさとばばさ、何回『おはようございます。きょうも良き日にございます』と唱えても小判は出てこぬぞ。どうしてなのじゃ?」
太郎がいった。
「その宝槌は、竜王が娘の乙姫にあたえたもの。乙姫でなければ、小判は出ないのじゃ。」
「なに?乙姫とな?乙姫などどこにおるのじゃ?」
「ここに、お前の目の前におる。」
「ええっ?これはお前のとこのばばさではないか?」
「そうじゃ、このばばさが乙姫じゃ。」
「ええーい。なんだと。これは、ばばさではないか。乙姫だなどと、わしはごまかされんぞ。めんどうな仏のじじと、ばばだ。つべこべいってないで、呪文を教えろ。教えないなら、ばばをさらっていくぞ。」
そうして、となりの欲ばりじいやは、わらわを横抱きにして連れていこうとしたのだ。
「きゃー、たすけてー。」
太郎は急に腰をまっすぐにして、さけんだ。
「まて、おらとこのばばさに手をだすな。」
猫もさけんだ。にゃあー。にゃあー。にゃおおー。
犬も吠えた。わおー。わおー。わおおー。
そして、太郎、犬猫軍団と、欲ばりじじさとの大立ち回り。
「がんばって、太郎どの。犬、猫。」
となりのじいやが、いくら欲の皮がつっぱっていても、これでは勝ち目はなかった。すごすごと退場。
「ああー、なんてかっこいいのじゃあ、太郎どの。」
わらわは惚れ直した。犬と猫もよく戦ってくれた。ありがたいことじゃ。
わらわは、太郎と犬と猫といっしょに、欲ばりじいやのうちに宝槌をとりもどしにいった。するとじいやのうちの前で、竜宮のカメが、じいやの足にかぶりついていた。
「いててて、いててて。わかった。わかった。宝の槌は返すから、離してくれ。」
欲ばりじいやは、槌を返してくれた。こうしてようやく、宝の槌は我が家の神棚にもどった。
「カメもきてくれたのう。」
とわらわがいうと、カメは、
「このところ、姫さまのお声が聞こえないで変な声が聞こえるといって、竜王さまが見てくるようにとのことでございました。」
そうか、竜王さまがのう。ありがたいことじゃ。もったいないことじゃ。
カメもごくろうじゃった。
それからは、欲ばりじいやはもう、うちをのぞいたりしなくなった。
念のため、猫は夜の番をすることになり、犬は昼の番をすることになった。
犬と猫に守られて、宝槌は毎朝、小判を出してくれている。ときどきはカメもわらわと宝槌を見に来てくれる。
わらわは、太郎と、犬と猫といっしょに、らあくらくと暮らせる。
この暮らしも、みんな竜宮の竜王のおかげじゃ。
わらわは、まだまだ、長生きするぞ。
めでたし、めでたし。
おしまい。
令和3年卯月 花吹雪が舞い始めた日
本作品「竜宮生まれ乙姫ばばさの語り」
朗読動画 2021年4月19日収録
https://www.youtube.com/watch?v=El4-ibzGbNA
種本 「犬と猫と宝槌」
新潟のむかし話2 心をうたれてじーんとする話
朗読動画 2020年6月7日収録
https://www.youtube.com/watch?v=jEUHOT1MmuY
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