冬になったら、また、毎日、雪堀り。
今年は大雪になるのかしら?いきなりの大雪は困るわ。
年をとったら、雪の降らない、もっとあったかいところで暮らしたくない?
あなたはどう思う?
新潟のむかし話「鳥のみじさま」を読んだ人々は、みな、口々に言うのだった。
「ちっちゃい鳥の歌がおもしろくて、じさまがあははと笑った拍子に、鳥を飲み込んでしまうなんて。じさまも鳥もびっくりだったでしょうね。」
「じさまはあわてて吐き出そうとしたのよね。」
「でも鳥は、『じさま。おれのことは、このままで かまわね。じさまの はらの中でくらせます すけ』だなんて。そんなにあわてなかったよ。鳥はどういうつもりだったのかしら?」
そこで、私は、じさまに飲み込まれた鳥に取材を試みた。以下は、のまればば鳥の陳述である。
空を飛ぶのは楽しいよ。気持ちいいよ。どこまでも行けるよ。
山を越えて。海を越えて。いっぱい飛んだよ。毎日。毎日。
あーあ、おなかがすいた。さーて、山にもどって、ごはんにしようかな。
あたしは、あーあ、と口を開けたんだ。そしたら、なんか口に飛び込んできたよ。おなかがすいていたから、むしゃむしゃっと食べた。うんまい。
また、飛んで来たぞ。あ、みつばちだ。口を開けた。食べた。うんまい。
また、いっぱい飛んで来た。みつばちの群れだ。あーん。あーん。食べた。食べた。うんまーい。
あたしが口を開けていると、みつばちが次々にあたしの口の中に入ってきたー。あたしは、次々に、みんな食べた。
あーあ、うんまい。うんまい。おいしかった。
あたしは、おなかいっぱいになった。
こんなにおいしいごちそうは久しぶりだ。
みつばちは、おいしいんだなあ。
よーし。森に行って、もっと、みつばちを探そおっと。あたしはみつばちの巣を探したよ。
冬になるまでに、食べるものを、自分ちにしまっておかなくっちゃならないからね。
虫もいなくなるし、木の実もなくなるからね。
雪が降ったら、山はまっ白。里もまっ白。ごちそうはみつからないよ。
今のうちにみつばちの巣を見つけておこう。
あたしは、山をめぐって、めぐって・・。
みつばちを探して、そのあとを追いかけた。
あっ、あった。みつばちの巣、森の木の枝にぶらさがっているのを見つけた。
あったよ。しめしめ。
と思ったそのとき、急に大空から舞い降りてきた大きなタカどん。
タカどんはあたしの目の前をよこぎって、みつばちの巣めがけてまっしぐら。
そして、いきなり、もぐもぐもぐ。もぐもぐ。
みつばちの巣ごと食べ始めた。
「まってよう。タカどん。あたしがみつけたんだよ。あたしのみつばちの巣だよ。タカどん、全部食べないでよ。あたしにも分けてよー。」
「なんだ。おまえは、ちっちゃい鳥だな。おまえなんかに、やってられないよーだ。おれは、はらぺこなんだ。」
「あたしもおなかがすくんだ。冬になるから、みつばちをとっておきたいんだ。分けておくれよ。」
「おれのほうが腹がすくんだ。おれの腹のほうがでかいからな。おれのほうがずっとはらぺこなんだ。」
「あたしがみつけたんだよ。」
「おれがみつけたんだ。」
「あたしだよ。」
「うるさい、ちっちゃい鳥だな。ぴーぴー、ぴーぴー、おれさまに逆らうとは。なまいきな。うーん、きれいな羽だ。うーん、おまえもうまそうだな。よしよし。おまえも、八つ裂きにして食ってやる。」
「ぎゃー。」
タカどんはいきなり、こっちに向かってきた。
あたしはタカどんにつかまれそうになった。あのタカどんの爪にひっかかれたら、おしまいだ。
あたいは藪のなかにかくれた。
はあ、はあ、はあ、はあ。あー、あぶなかった。
タカどんは、あたしを探していたが、あきらめて大空に舞っていった。
やれやれ。
タカどんは、こわいな。あの爪にやられなくてよかった。
もう、山の巣にもどろう。夕方だ。
「夕焼け小焼けで、日が暮れて・・」
夕焼けの中で、カラスどんがカー、カーと鳴きながら飛んでいた。
カラスどんは、あたしを見つけると、いきなり向きをかえて、あたしの頭をつついてきた。
「痛い!」
「痛かったかい?」
「痛いにきまっているじゃないか。」
「おまえみたいにちっちゃい鳥がきどって歌っていると、頭にくるのさ。おれたちみたいに、ちゃんとカーカー鳴いてみろ。鳥はカーカーと鳴くもんだ。」
カラスどんはいばって言って、あたしを追い回した。
カーカー、カーカー。カーカー、カーカー。
やれやれ。
あたしはやっと逃げ切って、自分のねぐらにもどって、ぐーぐー眠った。
あたしは、こうして毎日、虫を食べたり、大きな鳥に食べられそうになったり、いじめられて逃げ回ったりしていたんだよ。
春がすぎて、夏が来て、秋になって、冬が訪れた。雪が解けて、花が咲いた。そして、春がすぎて、夏が来て、秋になって、冬が訪れた。
それが繰り返されて、繰り返されて・・・。
そして、そして・・・。
あたしゃ、ちっちゃい鳥のまま、ばば鳥になっていたよ。
何度も、タカどんにつかまれそうになって、逃げたよ。まだ一度も八つ裂きにされていないけど、逃げ回っているうちに、タカどんの爪にやられて、あたしの羽は、もうぼろぼろさ。飛ぶのが大変になった。もう、山を越えて、海を越えて、飛べないよ。
それから、カラスどんはやっぱり、カーカー鳴けといって、せめてくる。あたしはまじめに歌っているんだけど、そんな歌じゃだめだと、頭をつっつかれっぱなしだった。あたしゃ、頭は痛いわ、首は痛いわ、肩は痛いわ、体中が痛いよ。
そして、おなかがすくよ。でも、もう遠くまで飛んでごちそうを探したりできないよ。あたしゃ、森の木にとまって口を開けて待った。また、みつばちが、あたしの口の中に飛び込んでくるかな・・・と思って。
思いっきり大口を開けて、待った。いっくら待っても、みつばちはあたしの口に入ってこなかった。待ちくたびれたよ。
うんまいもの、食べたいなあ。みつばちでなくても、あわ餅なんかもいいな。
うんまい酒も、飲みたいな。八海山の米焼酎がうまいときいたよ。
こんなぼろの羽はぬいで、きれいな錦の羽がほしいな。錦の羽衣を着て、さかずきを酌み交わしたりしたら、極楽だろうな。
あたしゃ、仕方がないので、歌を歌った。
あわ餅 ちゅう ちゅう
米焼酎 ちゅう ちゅう
にしき さらさら
五葉のさかずき
もって まいろか
ついで まいろか
びびんのびん
何回、歌っても、あわ餅も米焼酎も、錦の衣も出てこなかった。あたしゃ腹をすかせたままだった。
ふと、足元を見ると、
おややややー、じさまがちっちゃこい畑を耕しているているのが見えるよ。よく、働くじさまだなあ。そのうち、じさまは、草原に腰をおろして、なにか食べ始めたよ。にぎりめしだ。あれは、あわ餅おにぎりかな?
いいなー、いいなー。あたしも食べたーい。
「じさま、あたしにもおくれ。あや、ちゅうちゅう。」
「ほっほう、めんこい鳥だこと。ほれ、おまえも食べれ。」
じさまは、まんまつぶを投げてよこした。
あむ、あむ。うまーい。
「じさま、もっとおくれ。あや、ちゅうちゅう。」
じさまは、また投げてくれた。
あむ、あむ。うまーい。
あや、ちゅうちゅう。
いいじさまだなあ。
ねぐらにもどって、あたしゃ思ったよ。あしたも、じさまのところに行って、まんまつぶをもらおうっと。
次の日には、ばさまも畑に出ていた。ばさまも
「めんこい鳥だこと。」
といって、あたしにまんまつぶを分けてくれた。ばさまのにぎりめし、うんまーい。
あや、ちゅうちゅう。
あたしゃ、じさまもばさまも大好きになった。
思わず、歌が出た。
あわ餅 ちゅう ちゅう
米焼酎 ちゅう ちゅう
にしき さらさら
五葉のさかずき
もって まいろか
ついで まいろか
びびんのびん
「おやおや、この鳥、いい声で歌うねぇ。」
じさまとばさまは手をたたいて、喜んだよ。
あたしゃ、毎日、じさまの畑にでかけて、ばさまのにぎりめしを食べ、歌を歌った。
冬が近づいてきた。
ある寒い夜、風の音を聞いていた。
「そうだ。」
あたしゃ、いいこと思いついたよ。もう、山の木のほこらのねぐらに帰らないで、じさまの腹をねぐらにすればいい。そうしよう。そうしょう。それがいい。
あたしゃ、次の日、じさまの畑に行って、面白おかしく歌をうたった。
あわ餅 ちゅう ちゅう
米焼酎 ちゅう ちゅう
にしき さらさら
五葉のさかずき
もって まいろか
ついで まいろか
びびんのびん
じさまは、大口開けて、あははーと笑った。
それーっ、今だ。
あたしは、素早く、じさまの口の中に飛び込んだ。そしてそのまま、するりとじさまの腹の中にすべりこんだんだよ。
ああ、あたたかい。気持ちいい。こんなにあたたかい。いいとこだ。そしてここでは、口を開けるだけで、まんまつぶが食べられるんだ。
あーっ。きたぞ。まんまだ。口を開けた。まんまがあたしの口に入ってきたよ。あむ、あむ。うまーい。うんまーい。じさま、ごちそうさま。
そのうちに、あたしの傷んだ羽もしっとりしてきたよ。
じさまの腹の中は柔らかい。らくちんだー。
極楽、極楽。ずっとここで暮らそう。
夕べどき、じさまとばさまは、囲炉裏ばたで、あわ餅をこねながら、話していた。
「あのめんこい鳥は、近ごろみかけなくなったが、どうしているんだろう。」
「あの、おもっしぇ歌、また聞きたいねえ。」
それを聞いてあたしは思った。
そうか、じさまとばさまは、あたしの歌が聞きたいんだ。
あたしゃ、じさまのへその穴を少し広げて、
あわ餅 ちゅう ちゅう
米焼酎 ちゅう ちゅう
にしき さらさら
五葉のさかずき
もって まいろか
ついで まいろか
びびんのびん
と歌ったよ。
じさまとばさまは手をたたいて、大喜びした。
じさまとばさまは、あわ餅を食べた。あたしもじさまの腹の中で食べたよ。ちゅうちゅうと。うまかった。
そして、たちまち、じさまの腹の歌は村中の評判になった。
お殿様のお耳にも聞こえて、じさまはお城に招かれた。
じさまは、いい着物を着てお城にあがった。じさまが腹をたたくと、あたしゃ、じさまのへその穴を少し広げて歌った。
お殿様は、
「みごと。みごとな歌うたいじゃ。さかずきをとらすぞ。」
といいなさった。じさまは、うやうやしく、その五葉のさかずきをうけた。
ぐびぐび。
あたしも、じさまといっしょにごちそうになった。ちゅうちゅうと。
うまいな、米焼酎。うぃー。
いい気持ちで、また歌ったよ。
あわ餅 ちゅう ちゅう
米焼酎 ちゅう ちゅう
にしき さらさら
五葉のさかずき
もって まいろか
ついで まいろか
びびんのびん
じさまはお殿様からほうびをたくさんもらって家に帰った。
ばさまも大喜びした。
それから、あたしゃ、毎日、じさまとばさまとあわ餅を食べて、米焼酎もときどき飲んで、歌を歌って面白おかしく暮したよ。
ここは、じさまのはらの中。極楽、極楽。いい気持ち。
おしまい。
令和3年長月 澄んだ秋晴れの日
作 楯 よう子
切り絵 きらら
本作品 パステーシュ第19弾「のまれ ばば鳥の語り」
朗読動画収録 2022年2月11日
種本 「鳥のみじさま」
新潟のむかし話 心をうたれてじーんとする話
朗読動画収録 2020年3月1日
https://www.youtube.com/watch?v=P5ct2Lpz6RY
読み比べ 「鳥のみじいさん」民話の四季 角山勝義著
朗読動画収録 2021年9月7日収録
https://www.youtube.com/watch?v=y3R0zMfcs9Y
ブログ 「鳥のみじさまのはらの歌声のように?」
令和2年弥生 雪なくも、のどかさが例年とは違う3月
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令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間
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