越後おとぎ話 第29話 プブー太 ねこ皮の語り
おらは、プッププププーとブブーのプブー太じゃ。
ととさと、かかさと、うし子に見送られて、故郷の村をあとにした。
(越後おとぎ話第26話 「屁っこき息子プブー太の語り」参照)
おらは、かかさの屁の風に乗って、空の旅。
わーい。野越え、山越え、いい気持ちだ。おらは、鳥になったみたいだーと思った。大空はいいなあ。そしたら、おらはうれしさのあまり、プッププププー、と屁が出た。おらの屁は、鳥の鳴き声とは、ちょっと違うな。ふふふ、楽しいな。
あれ、また、なんか聞こえたぞ。おらの屁でない、なんだろう。
ルルルルー、エイヤサー、ルルルルル―、エイヤサー
なんだ、なんだ。これは、小鳥の鳴き声か?どこから聞こえるのかな?
おらは雲間から下を見た。
あれー。じさまが、畑で、なんだ・・あのかっこうは?腰をかがめているぞ。あの尻あたりから聞こえてくるぞ。あっ、そーか。あのじさま。あれが、うわさの屁ふり歌うたいの屁ふりじさまだな。屁ふりじさまが、畑仕事しながら屁ふり歌を歌っているんだな。なんていい声、いや、いい屁の音色じゃ。
ようし、ここだ。到着だ。
ドッシーン。いてててて。
おらは、いきなり、地面にたたきつけられた。痛いよう。痛いよう。体が痛い。かかさは、もっと、そっと落としてほしかったな。
すると、
「何だ、おまえは?」
じさまが、おらの目の前に立ちふさがった。
「わしの畑に落ちてきおって。」
でっかい声がおらの頭の上に響いた。
ブブー。あー、痛い、痛い。こんどは耳が痛い。
「おまえは、何者じゃ?」
プッププププー。(はい、おらはプブー太と申します)
「おまえは、何者じゃときいておるんじゃ。」
プッププププー。(はい。はじめてお目にかかります。プブー太でございます)
「答えろ。お前は何者じゃ。どこからきたんじゃ。」
プッププププー。(はい、屁ふりじさま。おらは隣村からまいりました。プブー太というものです)
「いいかげんにしろ。プップーじゃなくて、ちゃんと答えろ。なんで、空から落ちてきたんじゃ。」
プッププププー。(おらは、かかさの屁の風に飛ばされてきました。屁ふりじさまのところに、弟子入りに)
「おまえは、プップーしかいえんのか?ちゃんと答えろ。なんで、わしの畑に落ちてきたんじゃ。」
ブッブー。(さっきから、いうております)
「なんだと。こんどは、ブーだと。わしをなめおって。」
ブッブー、プー。(屁ふりじさま。じさまに、弟子入り来たプブー太であります・・)
「もういいわい。わしは、忙しいんじゃ。畑仕事もあるし、屁ふり歌の稽古もあるでの。おまえをかまってなんぞ、おれんわい。」
ブッブー。(えっ、そんな・・おらは、じさまのところに、修行にまいりました。うし子との屁っこき合戦に負けて、屁っこき風はうし子に任せて、おらは屁っこき歌うたいになることにしました)
「プー、だのブーだの、いつまで、ほざいているんじゃ。わしは、プーやブーの相手をしているひまはないんじゃ。もー、わしの畑を荒らしおって。」
ブッブー。(申し訳ありません)
かかさがもう少し上手に落としてくれれば、畑にこんなに大きな穴があかなかったのにと、おらは思った。
「また、ブーだと。うるさい!ブープーいっておらんで、さっさと出ていけ。」
ブー、プー。(じさま。お願いでございます。どうか、お弟子に・・)
「何回、いったらわかるんじゃ。おまえのプーとブーはもう聞きあきたわ。」
ブッブー。(じさま。おらのととさが、じさまに弟子入りするようにと・・)
「うるさいというとるじゃろ。もう、とっとと、うせろ。」
ブッブー、(どうか、屁ふり、じさま、お願いでございます。じさまのもとで修業を・・)
「やめろ。はなせ。その手をはなすんじゃ。おまえがわしの畑から出て行かないなら、わしが、帰るわ。プーブーいって、わしにからんできて。なんて無礼なやつじゃ。」
じさまは、おらの手をふりきって、去っていった。
おらは、じさまの畑に取り残された。おらの屁言葉は、おらのかかさにしか通じないのじゃった。おらの目から涙があふれてきた。涙がいっぱい流れた。涙は頭の上からも流れてきた。おらは、小さいときから泣き虫じゃった。全身ずぶ濡れになってきた。おらは、どうしたらいいんじゃ。いくら涙を流しても、どうにもならない、もう、泣くのはやめよう、と思った。涙を止めようと、おらは、しっかりと目を閉じた。
すると、声が聞こえた。プブー太、プブー太・・・
かかさの声だ。よかった。かかさが迎えの風をよこそうとしているんだな・・
また、声がした。
「プブー太どん。プブー太どん。」
あれ、なんだ、かかさじゃない。おらは目を開けた。
そこにいたのは、ネコだった。
「プブー太どん。こんな雨の中にいつまでも突っ立っていて。ずぶ濡れじゃないか。かぜをひくぞ、ミャーミコ」
ブッブー。(かかさの迎えの風を待っているんじゃ)
「かかさの迎えの風など来ぬぞ。プブー太どんは、日本一のへっこき歌うたいになるのじゃ。それまでは、家には帰れぬのじゃ、ミャーミコ」
ブッブー。
そうして、おらは、ネコに連れられて、ネコのねぐらに行った。
「こんなに、ずぶ濡れになって。さあ、濡れた着物は脱いで。これを着なされ、ミャーミコ」
プー。(ありがとう)
渡されたのは、古いねこ皮だった。
「これは、おらのばばのねこ皮じゃ。おらのばばは、昔、プブー太どんのかかさに助けられたことがあるというとったぞ。さあ、遠慮しないでこれを着なされ、ミャーミコ」
おらはいわれるまま、ねこ皮をかぶった。
あっ、あったかいな。そしたら、
「ミャーオ。あったかい。」
おらは、口から声が出た。
「そうじゃ、そうじゃ。ねこ皮はあったかいのじゃ、ミャーミコ」
「ミャーオ、ミャーオ。いい気持ちじゃ。」また、声が出た。
「プブー太どん。その調子じゃ。ねこ皮をかぶっていると、ねこ言葉もわかるし、ヒト言葉もしゃべれるのじゃ、ミャーミコ」
「ミャーオ。おらがヒト言葉をしゃべれる?」
「おお、プブー太どん、今、しゃべっているぞ、ヒト言葉を、ミャーミコ」
「ミャーオ。屁言葉でなく、ヒト言葉をしゃべっている?」
「ああ、屁でなく、口から声を出している、ミャーミコ」
「ミャーオ。うれしいな。」
そうして、おらは、屁ふりじさまに弟子入りする前に、ネコ巫女ミーコの孫娘のミコミコに弟子入りすることになった。
おらは毎日、ねこ皮をかぶって、ミーコの孫娘のミコミコについて歩いた。
「プブー太どん。きょうはいい天気じゃな。ミャーミコ」
「ミャーオ、ミコミコ。きょうはいい天気でござる。」
ミコミコはおらに話しかけ、おらが返事をすると、にこにこした。
「その調子じゃ、プブー太どん。おまえは、いい声も出るの、ミャーミコ」
プップー。(いい声だなんて、ありがとう)
「ミャーオ、あっ、おら、うれしくなるとやっぱり、屁がでる。」
「大丈夫。屁と声と、両方出せばいいのじゃ、ミャーミコ」
「ミャーオ、ミコミコは親切じゃな。」
ねこ皮をかぶっていると、自然に口から声が出た。ミコミコは、ねこ言葉が話せれば、ヒト言葉を話すのは簡単だと、いつもおらを励ましてくれた。
ある日、おらとミコミコが、野原で遊んでいると、ばばさと飼い猫にゃー子(越後おとぎ話第25話「ぬっぺらんネズミ経の語り」参照)が通りかかった。
猫にゃー子が声をかけてきた。
「おー、ミコミコじゃないか。久しぶりじゃ、ニャー。」
「あーら、にゃー子。与作んちのばあさんに飼われていたときより元気になった、ミャー。ネズミもニワトリも捕るのやめたというが、だいじょうぶか、ミャーミコ?」
「ああ、ばばんちの飼い猫になって、毎日、踊り暮らしておる、ニャー。」
「にゃー子の友だちかい?」
ばばさが、尋ねた。
「ミコミコは幼馴染で、ニャー。ええーとこの猫は・・」
にゃー子とばばさは、おらのことを見た。
「ばばさ。こんにちは。おらはミコミコ。そして、こっちの猫は、おらんちに、今、遊びに来ているプブー太どんっていうんだ、ミャーミコ。」
ミコミコがおらのことも話してくれた。
「にゃー子の友だちと、友だちの友だちだね。それなら、いっしょにばばんちに遊びにおいで。」
ばばさが、にこっこりして言った。
「うん、行く、行く。ミャーミコミコ」
「ミャーオ、行く、行く。」
おらとミコミコは声を合わせて返事した。
ばばんちには、ネズミの親子がいて、みんなで遊んだ。
ばばさが木魚をたたいて、お経をはじめると、にゃー子とネズミ親子のお踊り組が踊り出した。おらとミコミコもいっしょに踊った。楽しい一日だった。
それから、ミコミコとおらは、毎日、ばばんちに遊びに行くようになった。ばばさのネズミ経に合わせて、またみんなで踊った。おらはねこ皮をかぶって、ねこ踊りが上手になった。そして、ミコミコの友だちのにゃー子やネズミ親子とも友だちになって、ねこ言葉も上手になった。それどころか、ばばさとも、おしゃべりするから、ヒト言葉もうまくなった。
ひと月も過ぎたころ、村のお祭りがあった。夜には、歌と踊り合戦があり、ばばんちで毎日、踊り暮らしていたおらたち、ばばさ、ネズミ親子、にゃー子、ミコミコとおらは、「ネズミ経踊り組」として出場した。おらたちのネズミ経踊りを見て、村中の人が拍手喝采してくれた。
ばばさは、元気いっぱいで、また、若返った。
おらたちはみんなで、見てくれた人たちに、声を合わせて礼を言った。
「ありがとう、チュウチュウ」
「ありがとう、ニャー」
「ありがとう、ミコミコ」
おらもうれしくて大声で言った。
「ミャーオ、ありがとう。」
すると、それまでかぶっていたねこ皮が、突然、破れ、足元に脱げ落ちた。
おらはうれしかったから、また言った。
「ミコミコや、ありがとう。楽しかった。」
「プブー太どん。おまえは、ねこ皮がなくても、口でふつうにヒト言葉を話しているよ、ミコミコ」
「え、本当か」プププー。
おらはびっくりしたから、ヒト言葉といっしょに屁も出ていた。
ミコミコは、おらを見て、にこにこした。
おらたちのネズミ経踊り組の次は、このお祭りの最後をかざる屁ふりじさまの屁ふり歌だった。
屁ふりじさまの屁ふり歌は、それはそれは見事な屁の音色で、みんなが感心してうっとりと聞いていた。
おらも聞きながら、屁ふりじさまの歌が終わったら、じさまのところに行って、弟子入りをお願いしようと思った。今なら、ちゃんと、口からヒト言葉でいえそうだった。今度は、だいじょうぶ。きっと、じさまは、おらを弟子にしてくれるだろう。
そのとき、夜空に花火があがった。
ボーン
おしまい
令和5年 霜月 なんと夏日
箱庭劇場 2024年1月7日収録
作・朗読 楯よう子
出演
プブー太: Muggsie made in Korea
屁ふりじさま: 飛騨さるぼぼ
ミコミコ:リサラーソンNo2
ばばさ: 犬YOSHITOKU
にゃー子:リサラーソンNo1
ネズミ親子;干支ネズミ/沖縄シーサー
種本 「ばば皮」
新潟のむかし話 かわいそうで涙がでそうな話
朗読動画収録 2020年1月20日収録
ブログ 「いとーしげだ・・」
https://yuukyuujyou.hatenablog.com/en...
令和2年睦月 晴れ間からあられが降ってきた日
集いあった遠い睦月の日を思い出して
ブログ「ばばになったらばば皮を脱げ」
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令和2年睦月 曇り日
令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間
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