越後おとぎ話 第31話 人魚お弁の語り はじまり はじまり
新潟のむかし話2000年「人魚の松」のお話。知っていますか? こんなお話です。
柏崎から佐渡に通って来る船頭の宗吉は、りりしく、歌も得意だった。海女のお弁は、宗吉の歌声にほれぼれし、宗吉もお弁の美しさに引かれた。お弁は「わたしを嫁にしてくれんかね」と頼んだが、宗吉は、いいなづけがいるからと言って、柏崎に帰ってしまう。
ある夜、海に出て番神岬のおあかしを見つけたお弁は、タライ舟で宗吉を追った。柏崎までタライ舟をこいできたお弁を見て、宗吉は驚くが、お弁の婿にはなれないと断った。
しかし、お弁は、次の晩も、その次の晩も、毎晩舟をこぎ出し、宗吉のもとにやって来るのだった。
宗吉は、お弁の一念がこわくなり、目印となる番神岬のおあかしを、ふっと消した。すると、急に激しい嵐が起こった。
次の日、嵐がおさまった浜辺には、お弁のタライ舟が打ち上げられていた。
宗吉は、タライ舟の中から、うろこのついた着物を抱き上げて、ていねいに埋め、その上に松の木を植えたのだという。
はて、さて。
果たして、お弁は、嵐にあって、人魚となってしまったのでしょうか? そして、今も人魚として、海の底でひとり生き続けているのでしょうか?
それでは、お弁の語りを聞いてみましょう。
人魚お弁の語り
あたりが明るくなっているようだった。波間から顔を上げると、あたしは穏やかな朝焼けの中にいた。そうだ。あたしは、タライ舟にのって、番神岬を目指していたんだ。宗吉さんに会うために。
それが、きのうの晩。
沖にこぎ出していくと、静かだった海が、突然、荒れ狂った。天も地も、ひっくり返るような大嵐になっていた。雷のとどろき、大風、大雨、大波。
あたしは、タライ舟から投げ出されて、波の渦に呑みこまれた。渦に巻きこまれ、吸いこまれて、海の底に引きずりこまれていった。
「きゃー、助けて。」
激しく泡立つ波のうねりにもみくちゃにされて、ただ苦しかった。佐渡と番神岬を何十回往復したより苦しかった。おそれ、おびえて、ただ、ただ必死だった。水面に浮かびあがろうと、腕を、足を動かしていた。
あたしは、もう、気を失っていたかもしれない・・あたしは、海の底に沈むのか・・・
そして、そのとき、ぼんやり、遠くに見えたのは・・・あれは、竜宮城の入口だったんだろうか?
人々や魚たちがゆらめいていた。軽やかな歌声が聞こえた。あたしは、吸い寄せられるように、その歌と踊りの輪に近づいた。すると、人々や魚たちの歌や踊りの柔らかさが、あたしを包み、あたしのおそれを溶かしていくようだった。あたしは、ゆっくりと泳いだ。急に自由になったようだった。あたしは、そのまま、泡が水面に昇っていくように、海面に向かって泳いだ。
顔を出すと、海の上は朝焼けだった。波がきらきらと輝いていた。なんて気持ちいいんだろう。あたしは、また、ゆっくりと泳いだ。力を入れなくても、自然にスイスイ進むのだった。泳ぐことが、こんなに気持ちがいいなんて。初めてだ。こんなに、楽しいのは。そして、速かった。海に潜って、魚たちの群れを追い越した。大きな魚も追い越した。いくらでも泳げた。あたしは、海藻を少し食べて、また泳いだ。
夕焼けになって、小木の波打ち際をただよっていた。村の人たちの歌声が聞こえた。懐かしい歌のようだった。
そうだ。あたしは、急に気がついた。そうだ、家に帰らなければと思った。そして、砂浜に上がろうとしたとき、
「えっ!」
あたしの足が前に出ない! 変だ! 変だ! どうしだんだ!
・・・あ、そうか。あたしは長く泳いでいたから、疲れているんだ・・・そう思って、自分の足を見た。
「えー? これ、なーに?」
あたしの二本の足は、一本にまとまって、足先は、尾びれのようになっていたんだ‼
「え? なんなんだ?」
あたしは、しっかりと立ち上がることができなかった。
・・・そうか、そうなんだ。そういえば、子どもの頃、ばさまから聞いたことがある。嵐の晩の海で、渦巻きの中から人魚が生まれると。あたしは、嵐に巻き込まれて、人魚に姿を変えていたんだ。じゃあ、あたしの帰るところはどこなんだろう。海の底に、ぼんやりと見えたあの竜宮城なんだろうか?
あたしは、そのまま浜辺にたたずんでいた。海に入って海藻を食べたりしたけど、小木の海辺から離れられなかった。
幾日かが過ぎた。あたしは、いつも浜辺で村の人の歌声をきいていた。そのとき、
米山さんから雲がでた 今に 夕立がくるやら
ピッカラ チャッカラ ドンガラリンと 音がする ハア音がする
あっ、あれは宗吉さんの声。あたしは、すぐにわかった。すぐに宗吉さんのところに行きたかった。でも、あたしは、今は、人魚。宗吉さんは、親の決めた、いいなづけがいるから、あたしの婿にはなれないと言っていたんだ。まして、人魚になってしまったあたしが、いくら思いを寄せても、どうにもならない・・・
それでも、あたしは、宗吉さんの歌声をいつまでも聞いていたかった。あたしは、小木の浜辺を離れられず、次の晩もその次の晩も、岩陰に隠れて、宗吉さんの歌声を聞いていた。三階節や米山甚句・・・それだけで、小木の浜辺は、あたしには極楽だった。
五日ほどたった晩げ。
宗吉さんの声が聞こえなくなった。いくら待っても、いくら耳を澄ませても聞こえてこない。
あたしは、岩陰から身を乗り出した。もう少し先まで行ったほうが聞こえるかな。もう少し、もう少しと、あたしは、ずるずると松林の近くまで、近づいて行った。そのときだった。数人の男が、あたしを取り囲んだ。
「人魚だ。」
「きれいな顔だな。」
「見世物だ。高く売れるぞ。」
「香具師に売ろう。」
「いやあ、山分けして食べよう。八百年の命が授かるというぞ。」
あっという間に、あたしは、縄でぐるぐる巻きにされていた。
「やめてー。離してー。」
あたしは叫んだ。男たちは、
「へへへ・・おとなしくしろ・・」
と、舌なめずりせんばかりだった。
「離してー。海に返してー。」
と、あたしがもう一度、叫んだとき、突然、天が割れるような雷がとどろきわたった。大波が浜を洗い、男たちは、一気に高波にのまれた。あたしも波にのまれたが、縄は解かれ、海の中で自由になった。大嵐が巻き起こっていた。
竜王は人魚が襲われると嵐を起こすのだった。
嵐の海の中で、あたしは、宗吉さんを思った。宗吉さんはどうなっただろう。・・・そうだ。宗吉さんは、小木に五日泊まって、柏崎に帰るんだった。じゃあ、きょうは舟を出す日だったんだ。今、宗吉さんは、嵐に巻き込まれているのか?
そうきちさーん、そうきちさーん。
あたしは、宗吉さんの舟を探して、海を泳ぎ回った。あたしは、海の中を、宗吉さんを探し回った。
そうきちさーん、そうきちさーん。
宗吉さんの舟は見つからない。
そうきちさーん・・・
もう、宗吉さんは、海の藻屑となったのか・・・あたしは気が遠くなるような気がした。そのとき、
行こか 参らんしょか 米山の薬師
ひとつア身のため ササ 主のため
あれは?宗吉さん、宗吉さんの声・・・
「宗吉さん。だいじょうぶだった?」
「ああ、お弁さ。」
宗吉さんは、舟から投げ出されて、波の渦に呑みこまれたのだった。渦に吸いこまれ、海の底に引きずりこまれて、そして、人魚に姿を変えていた。
あたしと宗吉さんは、ともに人魚となり、めおととなった。そして、いつも佐渡と柏崎の海を泳ぎ、二人で歌い暮らしている。
草木もなびくよ アリャサ
佐渡は 居よいか 住みよいか
ハ ヨイヨイ ヨイヤサ
海も浜も、宗吉さんと過ごすところは、どこも極楽だった。
おしまい
令和六年 春になった如月
本作品 越後おとぎ話第31話
「人魚お弁の語り」
箱庭劇場 2024年4月1日収録
https://www.youtube.com/watch?v=lK2fI-qBxRk
作・朗読 楯よう子
出演
お弁 : 京人形
宗吉 : Muggsie made in Korea
男たち:沖縄シーサー ロバのイーヨー
声の出演 加藤博久
絵 きらら/須崎三十(テクノポリスデザイン)
種本 「人魚の松」
新潟のむかし話 かわいそうで涙がでそうな話
朗読動画収録 2020年4月25日収録
https://www.youtube.com/watch?v=JQ82PTYGCdU
ブログ 「海辺の松は何を見る?」
令和2年卯月 桜吹雪のなか、心騒ぐ今
https://yuukyuujyou.hatenablog.com/entry/2020/04/18/193156
令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間
ホームページ http://yuukyuujyou.starfree.jp/
works旅の声 http://yuukyuujyou.starfree.jp/works.html
blog語り部のささやき http://yuukyuujyou.starfree.jp/blog.html