越後おとぎ話第25話 「ぬっぺらんネズミ経の語り」
越後おとぎ話第4話「ムジナぬっぺらんの語り」によれば、化けそこなって顔を失いぬっぺり顔になった団三郎女房のぬっぺらん。団三郎に嫌われ、子どもムジナを伴い信州信濃の里に帰ったが、そこで出会ったしっぺい太郎に一目ぼれ。しかし、村の娘を襲うぬっぺらんに、しっぺい太郎は牙をむく。しっぺい太郎に恋こがれるぬっぺらんは、越後に戻って、顔の張替えのために、毎年の祭りごとにきれいな娘を差し出させることにしていた。今年のまつり。白木のおひつから出て来たのは、娘ではなく、なんとあのしっぺい太郎。ぬっぺらん親子は、命からがら逃げ出して、山の中のばばさの家に転がり込んだ。
一方、ばばさは、なくなったじじさのために、せめてお経を覚えたいと思って、旅のにせ坊さんにお経を教えてもらおうとしていた。(新潟のむかし話「ネズミ経」参照)
ここに、前作の越後おとぎ話「化け三毛にゃー子の語り」のにゃー子も、川から上がって登場する。
あれからどのくらいの時が流れたのだろう。
しっぺい太郎に噛みつかれたことは覚えている。それでもあたいは、どうやら、まだ生きている。気がつくと、あたりは真っ暗だった。ここはどこだろう。遠くで声が聞こえた。年取ったばばさのようだ。声の方に近づいてみた。壁の穴から光がさしていた。穴から外をのぞいて見た。すると、いきなり大きな太い声が、響きわたった。
オンチョロチョロの穴のぞき~
あたいは、どぎもを抜かれた。いったい何がおこっているんだろう。穴の外に出てみた。坊さんが、ばばさを従えて、お経をあげていたのだった。
ばばさも、坊さんの後について、
オンチョロチョロの穴のぞき~
うやうやしく声を張り上げている。
その声を聞いて、あたいのあとから、子ネズミが穴をのぞいた。すると、
またオンチョロチョロの穴のぞき~
坊さんが大声で唱えた。子ネズミは、なんだろうと穴から出てきた。
ばばさは、あたいたちを見つけると、
「おやおや、かわいいネズミさんたちだね。」
とにっこりした。
そうだ、あたいと、子どもムジナは、しっぺい太郎に噛みつかれて、ネズミに姿をかえたのじゃった。あたいの子どもムジナは、子ネズミになって、あたいは、ムジナぬっぺらんから、のっぺらぼーぬっぺり顔の母親ネズミになっていたのじゃった。
子ネズミは、ネズミになったあたいに、
と、まつわりついてきた。
「おお、おお、ぶじだったの。いかった。いかった。」
姿がネズミになっても、おかかのことがわかるのじゃった。
あたいと、子ネズミが喜びあっていると、
何やら話を申されそうろ~
坊さんは、重々しく唱えた。あたいの子ネズミは、坊さんの声にびっくりして、穴の中に逃げ帰った。すると坊さんは、
そのまま、あとへと帰られそうろ~
さらに重々しく唱えた。なんんじゃ、くそ坊主めと思ったが、あたいも、子ネズミを追って穴に戻った。
あとの一ぴきも帰られそうろ~
追いかけるように坊さんの声が響いた。ばばさも唱えた。
あとの一ぴきも帰られそうろ~
ばばさの声は、やさしかった。
ばばさの唱える声を聞きながら、この壁の穴の中が、あたいと子どもネズミの新しい住かになるのだと思った。
その日から、山の中の一軒家のばばさの家で、あたいたちの暮らしが始まった。ネズミの暮らしが。
一人暮らしのばばさは、ときどき、あたいたちに野菜の切れ端を投げてよこしたりした。あたいと子ネズミは、野原でエサも探した。
ばばさは、あたいたちが家の中を駆けまわっても、うるさがるふうはなかった。
「おやおや、にぎやかだね。」
と、にこにこしていた。ばばさは、つれあいのじじさをなくしたばかりで、寂しかったのだろう。あたいたちが壁の穴から顔を出すと、
「おや、こんにちは。ネズミさん。」
と、声をかけてくれた。そして、
オンチョロチョロの穴のぞき~
お経を唱え始めるのだった。ばばさは、朝に晩に、日に何度もお経を唱えていた。ばばさが仏壇のまえでお経を始めると、その声に誘われて、あたいは、穴から顔をのぞかせたくなるのだった。あたいは、ばばさの声を聞くと楽しくなる。ポクポクと木魚がなると踊り出したくなる。
またオンチョロチョロの穴のぞき~
木魚の音に誘われて、子どもらも出て来て踊り始める。
あたいと子ネズミが、
楽しいね おもしろいね
とおしゃべりしていると、
何やら話を申されそうろう~
ばばさのお経は、続いた。
そして、あたいたちの踊りとおしゃべりがひとしきりすると、
そのまま、あとに帰られそうろう~
となって、あたいは穴にもどる。
みんなあとに帰られそうろう~
で、子どもらも穴にもどるのだった。
あるとき、山の一軒家のばばさの家に、捨て猫にぁ―子がやってきた。飼い主のばあさんに川に捨てられ、ようやく川からはい上がったものの、もう、よれよれになっていた。
捨て猫にゃ―子が、ばばさの家の障子の穴をのぞいたときも、ばばさは、お経を唱えていた。
オンチョロチョロの穴のぞき~
その声で、捨て猫にゃー子は、自分がとがめられたと思った。ぎくりとして、逃げ出そうとした。だが、そのとき、あたいの子ネズミたちが壁の穴から、チョロチョロ部屋に出てきたのだ。チュウ、チュウと可愛げな声が聞こえたものだから、捨て猫にゃー子は、ふりかえって、家の中を見た。
またオンチョロチョロの穴のぞき~
ばばさが唱えると、捨て猫にゃー子は、やっぱり自分がおこられたと思って、ぎょっと立ちすくんだ。
家の中では、子ネズミたちが、いつものように踊り出していた。ばばさは、木魚をたたいて、いい調子。
ちゅうちゅう ポクポク
ちゅうちゅう ポクポク
ちゅう ポクポク
すると、捨て猫にゃー子も、なんじゃ、なんじゃと浮かれ出した。調子にのって、いつの間にか、家に上がり込んで、踊り出していた。
にゃあにゃあ ポクポク
にゃあにゃあ ポクポク
にゃあ ポクポク
すっかり子ネズミの仲間になっている。
うまい、うまい。
ひとしきり踊ったあとに、
「おまえは、どこから来たんじゃ?」
「おら、与作んちのばあさんに追い出されたんじゃ。」
どおりで、よれよれのかっこうじゃ。
何やら話を申されそうろう~
ばばさは、お経を唱えながらも、捨て猫にゃー子のことが気になったらしい。
そのまま、あとに帰られそうろう~
で、あたいたちネズミ親子が穴に帰ったあと、ばばさは、捨て猫にゃー子に話をしていた。
「おまえ、帰るうちがないなら、ばばんちの猫になるか?」
「うん。なる、なる。ばばんちの猫になる。おら、今まで、さんざんぱら、ネズミやらニワトリやら食うてきたから、もうなんにもいらね。ネズミも捕らねども、ここにおいてくろ。」
それで、捨て猫にゃー子は、ばばんちの飼い猫にゃー子になった。
飼い猫にゃー子は、あたいやあたいの子ネズミを捕って食べようとはしなかった。
なんにも食べね、といっていたが、ばばさは、
「ほーれ、にゃー子、ネズミ餅だ。」
といって、庭のネズミモチの実をにゃー子にあげていた。ネズミ餅を食べ始めると、よれよれだった捨て猫にゃー子の毛は、つやつやとしたきれいな三毛になってきた。
そして、あたいたちの踊りチームに、三毛猫にゃー子も加わった。
ちゅうちゅう ポクポク
ちゅう ポクポク
にゃあにゃあ ポクポク
にゃあ ポクポク
毎日、ばばさのネズミ経にあわせて、あたいたちネズミ親子と三毛猫にゃー子チームは、楽しく踊り暮した。
おかげで、ばばさは、すっかり元気になって若返ってきた。仏壇の中でじじさもたまげているだろう。
気がつくと、ネズミになっても、のっぺらぼーの、のっぺりだったあたいの顔は、また、いつのまにか、目鼻口がもどってきていた。踊れば踊るほど、くっきりとした目鼻だちになり、あたいは、とうとうネズミ美人になっていた。
きょうも、あしたも、あさっても、ネズミ経でネズミ踊りだ。みんなで踊ろう。
そーれ、ポクポク ポクポク
ルルルル ルルルル ルルルルルルルル・・・
オンチョロチョロの穴のぞき~
ちゅうちゅう ポクポク ちゅう ポクポク
またオンチョロチョロの穴のぞき~
にゃあにゃあ ポクポク にゃあ ポクポク
ルルルル ルルルル ルルルルルルルル・・・
何やら話を申されそうろう~
ちゅう ポク ちゅう ポク
にゃあにゃあ ポクポク にゃあ ポクポク
ルルルル ルルルル ルルルルルルルル・・・
そのまま、あとに帰られそうろう~
ちゅうちゅう ポクポク ちゅう ポクポク
みんなあとに帰られそうろう~
にゃあにゃあ ポクポク にゃあ ポクポク
ルルルル ルルルル ルルルルルルルル・・・
旅の坊さんの授けてくれたネズミ経。ありがたや、ネズミ経・・・チーン。おしまい
令和5年 水無月
しっぺい太郎は去ったが、ストロベリームーン(6月4日の満月)は見ていた
本作品 越後おとぎ話第25話
「ぬっぺらんネズミ経の語り」
箱庭劇場 2023年7月22日収録
https://www.youtube.com/watch?v=9kt4xVNJJvI
作・朗読 楯よう子
協力 加藤博久
絵 きらら/須崎三十
出演
ぬっぺらん 飛騨さるぼぼ
子ネズミ 沖縄シーサー
ばばさ 干支ねずみ
坊さん Muggsie made in Korea
友情出演
にゃー子 リサラーソン
種本「ネズミ経」
新潟のむかし話 おかしくておなかをかかえる話
朗読動画収録 2020年5月16日
https://www.youtube.com/watch?v=FdEg3vho48Y
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令和2年皐月 解除といわれても自由になりきれない日々・・
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令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間
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