越後おとぎ話 第27話 「天人ばば見てよの夢語り」
わらわは、昔は、天人女房とよばれておったものじゃがのう。今じゃ、天人ばばじゃ。小太郎に会えぬまま、一人、山の岩屋で暮らしておったぞ。小太郎が家を出てから何百年たったのかのう。この頃は、わらわの岩屋の近くまでやって来る旅のもんもおらんようになってしもうてのう。食べる物にもことかくありさまじゃ。
そんな折、神さまの巫女をしておったネコミーコが社の門番に追い出されて、わらわの岩屋に迷いこんできおったのじゃ。ミーコはかわいげで賢いネコじゃ。わらわのいい話相手になったし、なにより、ミーコは、わらわに食べ物も運んできてくれるのじゃよ。
ある嵐の晩のことじゃ。だれか来たようだとミーコが見に行った。戸口の前に立っていたのは、ずぶ濡れになったあんにゃさだった。
「おら、村の木こりだども、この大風と大雨で、どうにもこうにも、家に帰られんようになってしもた。今夜一晩、泊めてもらわんねろか?」
ミーコの目がキラキラ光った。
「ばばさま、客人でミャーオ。」
わらわは言った。
「おお、大変な目にあわれましたな、木こりさん。どうぞ、どうぞ。こんなところでよかったら、ゆっくりお泊りなされ。」
ミーコに導かれて、木こりは岩屋の奥に入って休んだ。
翌朝、風と雨は止んでいた。ところが、嵐のあとの山々は木々が倒され、地崩れがあったり、大水が出て川があふれて橋が流されたりと、あたりは様変わりしておったのじゃ。
近くを見てまわって、ミーコは言った。
「木こりさん。これは、村に帰るのは難しそうじゃ、ミャーオ。しばらく、ここで様子をみなされ。」
ミーコは木の実を集めてきて、木こりの前に置いた。
「橋が流されたのではのう。今、帰るのは危ないのう。遠慮せずに、ここで休んでおりなされ。」
わらわも、にっこりして、木こりに言った。
木こりは、おずおずとして、それでも木の実を食べ始めた。
しばらくすると、木こりはうとうととし始めた。
わらわとミーコは、思わず顔をみあわせて、にんまりしたぞ。
「さあ、ミーコ。木こりに、ゆっくり見せてやるのじゃ。冬になるまで、夢を見続けてもらうのじゃ。」
「ミャーオ、ばばさま。かしこまりました。正月に食べごろになるように、いい夢を見せてやりましょう。ミャオ、ミャオ。」
ミーコは、久しぶりの客人に、はしゃいでいた。
神さまの巫女をしていただけのことはあって(越後おとぎ話第10話「ネコ巫女ミーコの語り」参照)、ミーコは、夢見の案内は得意中の得意なのじゃ。
いい夢を見せてやると、木こりはいい味になるじゃろう。わらわは、もうよだれがあふれてきていた。
木こりは、ぐっすり寝入っていた。
「木こりさん、ようこそ、おいでなさいました、ミャーオ。ここは、天じゅく夢見の間でございます。天じゅく国の楽しさを、たっぷりとご覧なさいませ、ミャーア。」
ミーコは木こりの眠りに入りこんで、張り切って案内を始めたぞ。
「まず、はじめは、天じゅくネズミの登場、ミャオ。」
天じゅくネズミは、温泉につかってゆっくり泳いでいたのじゃ。ふっくらとした天じゅくネズミの体は温泉で泳げば泳ぐほど、ふっくらとしてくるのじゃ。みるみるうちにウシほどの大きさにふくらんできた。すると、見ていた木こりも手足を動かし泳ぎ始めたぞ。ふふふ、楽しげだの。泳げ泳げ。木こりの体もふっくらしてくるぞ。ふっくら、柔らか・・うまげだのう・・・
「次なるは、ウシモーモー、ご覧あれー。ミャーオ。」
ミーコは、広い野原に木こりを案内した。そこでは、ウシモーモーがのんびり草を食んでいた。木こりは、ウシモーモーをみているうちに、いっしょに口をもぐもぐし始めたぞ。天じゅくの草を食めば、病気にならずに、いつまでも年をとらないのじゃ。ふふふ、いつまでも若いからだのままになるのじゃよ。よーく噛めよ、木こりさん。
「さあて、三番手トラ、ミャオミャオ。」ミーコは続けた。
トラは、風を従えて、一晩で何千里も駆け巡るのじゃ。天じゅく国を駆け抜けて月までもいけるのじゃ。木こりは、トラのしなやかな体の動きと速さにあっけにとられ、ぼんやり大口開けてながめていた。木こりさんよ、トラの強さをそなたのものにするのじゃ。骨の髄まで薬になるトラの姿を、しっかり見て吸い込むのじゃ。そなたの脳みそに沁み込ませるのじゃぞ。そうすると、ふふふふ・・・そなたが強いからだのトラになるのじゃ・・
「四番、ウサギピョンピョン、ミャーオ。」
ウサギは、天じゅく国で一番の心やさしい動物じゃ。あわれな旅の老人に食べ物をあげることができなかった。すると、ウサギはわが身をさし出したのじゃ。わが身を火に投じたあと、その魂は月に昇って、不老不死の薬を調合しておるというぞ。さあ、薬壺から立ち昇っている、あの煙をかいでみよ。おお、ありがたや、ありがたや。木こりさん、そなたもウサギに負けない清らかな心となって、その身を捧げるのじゃ。・・・わらわに・・・
「五番、タツどん、ミャオ。」
タツは、雲の上にからだを横たえて、地上を見下ろしておるぞ。地面が干からびれば、雨を降らせるし、その一息で、海水を沸き立たせることもできるのじゃ。天じゅく国のどこへでも、翼を広げてひとっ飛びじゃ。あれっ、タツどんの雲に誰かのっているぞ。おお、あれは木こりのあんにゃさか?そなたは、もうタツの力も、得たのか?よしよし。うまいぞ、ミーコ。でかしたぞ。
「六番、クネクネヘビ、ミャオミャオ。」
優雅な姿で、水の中を泳いだり、地面を素早く這って進んだり。みごとな体の動き。えもいわれぬあやしい美しさじゃ。そして、その目でにらまれたら、もうだれもが動けなくなる。おそろしいほどのヘビの魔力。おや、木こりも、クネクネ、ニョロニョロ動き始めたぞ。よーし、いいぞ、いいぞ。その調子じゃ。そなたのからだにもヘビの美しさと魔力が、宿ってくるのじゃ。わらわの胸は、せつなく高鳴り、それから腹も鳴ってきた・・・グーグー・・
「七番、ウマどん、ミャーオ。」
草原にひづめの音が響いた。土煙を上げて、ウマが走っている。力強く、地面を蹴って、どこまでも、まっすぐに。ウマのたくましさ、かっこいいのう。木こりも、草原を走り抜けたくなったようだ。風を切って。ふふふ、木こりのあんにゃさよ。そなたがウマだよ。そなたが走っているんじゃ。わらわの声は木こりには届かないが、木こりは、ウマになって走っていた。いい筋肉だのー。とびっきり上等な馬肉じゃー。
「八番、ヒツジ、ミャオミャオ。」
牧場でヒツジたちが、メー、メーと鳴いていた。メ―、メ―、メ―。
木こりはヒツジの鳴き声を、5回聞くと、
ゴー、ゴー・・・もういびきをかき出した。
おいおい、ミーコ、眠らせすぎだよ。いいところまできたのに、永遠の眠りにするにはまだ、早いぞ。師走までにはまだ時間がある。もっと、夢見を続けるのじゃ。もっと、もっと、うまい肉にするのじゃ。
「はーい、ばばさま。ミャーオ。では、続いては、九番、サルどんの登場。ミャー。」
キャッキャッキャッのサルの鳴き声で、木こりは、また夢見にもどった。サルたちは、にぎやかにおしゃべりしていた。サルたちは陽気にしゃべり続け、木こりを仲間に加えてくれた。木こりさん。そなたも陽気で元気なサルじゃ。ふふふ・・・よし、よし。いいながめだ。・・・わらわも、力がわいてくるようじゃ・・・いい味がでるじゃろう。甘さと塩味と辛みが、ほどよく、わらわの舌にのって・・ズルズルズル・・・
「十番、ニワトリどん、ミャーオ。」
ニワトリがコケコッコーと、時を告げた。赤いトサカが震えていた。なんていい鳴き声だ。なんて優美な姿じゃあ。木こりもいっしょに、のどを震わせ、頭を震わせた。その調子。鳴いて鳴いて、そなたはニワトリになるのじゃ。そなたは時を告げる美しいニワトリ。そして、そなたのムネもモモも、さらに美しく・・ムネ肉、モモ肉は、やがて熟成していくのじゃ・・
「十一番、イヌどん、ミャーオ、ミャオ。」
ワオー、ワオーと遠吠えが聞こえる。頼もしいぞ、イヌどん。よし、イヌどんに続け。木こりは自分もイヌになって、ワオーと吠えた。よし、よし。そなたは忠実なイヌ。わらわの期待を裏切らぬいい味になってきたかの。わらわの期待を越えた、とびっきりの味になってもいいがの・・・ふふふ。
もうじき十二支がそろうぞ。木こりの脳みそで、大晦日まで味噌漬けにするのじゃ。十二支の動物がそれぞれの味を出して、十二支が混ざり合って、てんじゅくの、こくとうまみになるのじゃ。正月が楽しみじゃなあ。うふふふふ。
ミーコは一段と声を張り上げた。
「十二番は、イノシシどん、ミャオー。」
最後にあらわれたのが、イノシシどん。かわいい顔で毛皮もきれいじゃ。木こりは、思わず、手を伸ばしてイノシシに触れた。イノシシは、おとなしくうつむいていた。木こりはしあわせな気持ちになって、また撫でた。すると急に、イノシシは地面に穴を掘りはじめた。あっという間に穴が深くなり、イノシシは穴にもぐって見えなくなった。
なんということじゃ、ミーコ。イノシシが見えなくなったぞ。イノシシを撫でてはならぬのじゃ。わらわは、ミーコに伝えてなかった。イノシシには、触ってはならぬのじゃ。イノシシは内弁慶の恥ずかしがり屋じゃ。いきなり触れられると逃げるのじゃっ。
地面に穴を残したまま、イノシシの姿は消えていた。
「どうしたんじゃ? どうしたんじゃ??」
と、木こりはきょとんとしていた。
「ミーコ、早く穴をふさぐのじゃ。」
わらわは檄を飛ばした。
「ミャー、ミャー。ばばさま。ただいま、すぐに。」
ミーコは慌てて、穴をふさごうとした。遅かった。ミーコの返事よりも早く、木こりはイノシシを追って穴にもぐっていた。穴をくぐると、そこはもう、夢見の間ではなかった。
夢を破って、木こりは、すっかり目覚めていた。
気づくと岩屋の奥にまで、日がさしていた。
「いい天気になったから、おら、家に帰れそうだ。」
そのまま、木こりは、イノシシのごとく、猪突猛進。岩屋を後にした。
わらわは、茫然として、遠ざかっていく木こりの後ろ姿をながめた。よだれだけが長く、わらわの口とミーコの口から、地面に垂れていた。
ミャーオー。
ミーコの鳴き声が、悲しげに、岩屋の中にこだました。
遠くの山では、新雪がキラキラと日に輝いていた。
おしまい
令和5年 続く残暑の中で
本作品 越後おとぎ話 第27話
「天人ばば見てよの夢語り」
箱庭劇場 2023年10月9日収録
???
作・朗読 楯よう子
出演
ミーコ; ネコ2 リサラーソン
木こり: Muggsie made in Korea
ネズミ ウシ ウマ サル イヌ イノシシ:
きめこみパッチワーク 干支シリーズ
トラ ウサギ タツ ヘビ ヒツジ トリ:
薬師窯 招福干支
種本 「見るなの花倉」
新潟のむかし話 不思議さにひきこまれる話
朗読動画収録 2020年5月17日
https://www.youtube.com/watch?v=E2JMkQsGkWM&t=138s
ブログ 「」いつまでも花倉に?」
令和2年皐月 きらきらまぶしい日差しに目を細めた日・・
https://yuukyuujyou.hatenablog.com/entry/2020/05/30/213029
令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間
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