悠久城風の間 blog語り部のささやき

悠久城風の間の語り部 楯よう子のささやき

顔がほしい「ムジナぬっぺらんの語り」

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 世間じゃ、器量よしでないと、かわいがられないの?器量よしでないと相手にされないの?

嫌われるだけ?不細工な顔はどうしたらいいの。捨てればいいの?

生まれたときから、わたしの顔は不細工。そしてだんだん、もっと崩れた。

こんな顔、とりかえたい。

わたしもほしい、きれいな顔が。そして、わたしのきれいな顔を喜ぶ人が。

そんなため息がどこからか、聞こえてくるかしら。

どこから?壁の穴から?

・・・・

 新潟のむかし話2「しっぺい太郎」を読んだ人々は、みな、口々に言うのだった。

「人身ごくうって怖い。本当に生きたまま食べられちゃうの?わたし、家に白羽の矢が刺さると思ったら、生きた心地がしないわ。」

「あなたは、大丈夫。心配いらないわよ。狙われるのはきれいな若い娘だけよ。それに、しっぺい太郎がムジナを成敗したから、もう人身ごくうは、なくなったのよ。」

「でも、ムジナは化けるっていうでしょ。本当にあのムジナ一派は絶滅したの? 生き残ってどこかに隠れているって噂を聞いたわ。」

 そこで、わたしは噂の地に赴き、取材を試みた。以下はムジナぬっぺらんの陳述である。

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 あたいは、ムジナぬっぺらん。団三郎ムジナの女房だったのじゃ。団三郎のこと、聞いたことあるじゃろう。えっ、知らない?佐渡の団三郎親方を知らないのかい?団三郎はムジナ界、きっての大物、化け上手。いい男で、あたいは、ころっとまいっちまって、すぐに嫁になったのじゃ。子どもムジナもポロポロ生まれて、あたいは忙しかった、ぬっぺらん、らん。

 ところが、気がつくと、団三郎はいっつも、お三キツネと遊んどる。お三は器量よしで、まあ、口も達者で、たらかし上手ときておるのじゃ。団三郎は言った。

「いやあ、お三さは、キツネ化け、上手くなったのう。」

「そうかい。そんなに上手いのかい?」

「ああ、きれいなキツネ化け、3化けも4化けも、しちょるぞ。たいしたもんだ。」

団三郎の鼻の下は長くなっていた。

あたいはくやしくなった。あたいだって、娘ムジナの頃は、ちょっとは器量よしと言われていたし、ムジナ化け、上手いといわれていたんじゃ。あんな、たらかし上手のお三なんかに、負けるもんか。

「ようし、お三キツネに化けてやる。ぬっぺらん、らん。・・・どうだ。」

おかかおかかー。あんころ餅食いたいよ。」

子どもムジナがしがみついてきた。

「えっ。」

ということは、お三キツネになっていない?

あたいは、このところ、子育てに追われて、化けてる暇がなかった。腕が落ちた、ぬっぺらん、らん。

あたいは子どもムジナが寝てから、またやってみたのじゃ。キツネは大きすぎた。よし、では、兎で試してみよう。

「それ、兎じゃ、ぬっぺらん、らん。・・・どうだ。」

おかかおかかー。しっこ出たいよ。」

子どもムジナがしがみついてきた。ということは、兎になっていない。

あたいは、もっと小さいほうがよかったかと思って、それから、

「じゃあ、ネズミじゃ。ぬっぺらん、らん。・・どうだ。」

おかかおかかー。おっぱいほしいよ。」

あかんぼムジナが、しがみついてきた。また失敗じゃ。

そうか、あたいは、ネズミにも化けられなくなったのか。情けない。

あたいは、湖に顔を映してみた。湖面が揺れて、あたいの顔も揺れた。あたいの顔はゆがんでいて、不細工じゃー、ぬっぺらん、らん。お三キツネみたいに、器量よしになりたーい。

それからは、夜ごと、顔だけでもと、化ける稽古じゃ。

器量よしに化けよう、ぬっぺらん、らん。あたいは鼻が大きすぎる、もうちょっと小さくしたほうがいい。口も大きすぎる、もっと小さくしないと、ぬっぺらん、らん。

 

そんなある夜遅く、団三郎が夜遊びを終えて、帰ってきた。

「帰ったぞ」

「お帰り、おまえさん。」

あたいは、団三郎に顔を向けた。

「ひええー。・・おまえ、顔をどこにやったんだ?」

「なんだって?」

「顔がなくなっているぞ。のっぺらぼーだ。」

「ええーっ?」

あたいは、自分の顔を触ってみた。鼻も口もなくなって、真っ平、ぬっぺり。顔がなくなっていたのじゃ。鼻とか口とかを小さくしようとして、やり過ぎた。顔ごと消してしまった、ぬっぺらん、らん。

朝になっても、顔はのっぺらぼーのまま、鼻や口は消えたまま、もとにもどらなかった。

団三郎があんまり、嫌がるので、しかたなく、あたいは、子どもムジナを連れて、信州信濃の里へ帰ったのじゃった、ぬっぺらん、らん。

 

 ある日、うちの前で子どもムジナを遊ばせていた。すると、目の前の野原を、真っ白い大きな犬が、疾風のように駆け抜けた。なんと、りりしい。なんと美しい。それがしっぺい太郎じゃった。しっぺい太郎は、風のようにあたいの心を駆け抜けた。あたいは一目ぼれじゃった。一瞬で夢中になった、ぬっぺらん、らん。

それで、あたいは、この鼻も口もない真っ平、ぬっぺり顔をなんとかしなければならん。しっぺい太郎に会うためには、きれいな顔がいるのじゃ。ちょうどそこに通りかかった村の子。ちょっと若すぎる気もしたが、この子の顔を借りて試してみよう。そう思ったのじゃ、ぬっぺらん、らん。

ところが、

「化け物が子どもをさらったぞ。」

となって、村中、大さわぎ。そして、なんと、こともあろうに、あのしっぺい太郎があたいを追いかけてきたのじゃ。あたいがしっぺい太郎を追いかけたかったのに。

しっぺい太郎は容赦なく、あたいに噛みついてきた。

「がぶっ。」

「いたい、ぬっぺらん、らん。」

あたいは、いのちからがら、ようやく逃げてきた。子どもムジナもついてきた。

そして越後の山の中じゃ。

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 あのとき、しっぺい太郎はあたいを噛み殺す気でいたのじゃ。恐ろしいまでの殺気。思い出しただけでも震えてしまう。それでも、あたいはしっぺい太郎を思い続けていた。しっぺい太郎を思わずにいられなかった、ぬっぺらん、らん。

しっぺい太郎を思うあたいは、器量よしでなければならぬのじゃ。だからあたいは、娘の顔を手に入れたかった、ぬっぺらん、らん。

そして越後美人の娘の顔を盗んだ。顔を盗られると娘はのっぺらぼうになった。泣いてる娘を、京の都で売っぱらった。見世物にでも出て、食っていけばいいじゃろう。

あたいは娘の顔になって、しっぺい太郎を思っていたんじゃ、ぬっぺらん、らん。

ところが、月日が経つと、顔がたるんでくる。娘の顔が垂れ下がってくるのじゃ。娘の顔がはげ落ちて、鼻も口もない真っ平、ぬっぺりにもどってしまうのじゃ。

それで顔が崩れる前に、一年に一回は、新しい娘の顔に張り替えしなければならぬのじゃった。あたいは、めぼしい娘を見つけておいて、祭りの日に差し出させることにした、ぬっぺらん、らん。なあに、差し出さなければ、田んぼにうんちを撒くぞといったら、村人は喜んで、娘を出してくれたさ。あたいのうんちは、とっても臭くて、これ撒かれたら、何十年もその田んぼには、米どころか、草1本生えてこないのさ、ぬっぺらん、らん。

娘だって、顔をとられても、のっぺらぼーして食べていけばいいさ。こんな山の中で嫁に行くより、京の都でのっぺらぼーしたほうが、よっぽどおもしろおかしく生きていけるというものじゃ。そんなに泣くことでもないのさ、ぬっぺらん、らん。

 

 信州信濃の里でしっぺい太郎と出会ってから、何年たったじゃろう。ぬっぺらん、らん。あたいは、顔を新しく張り替えるたびに、初めて野原で見たしっぺい太郎を思い出して、恋焦がれた、らん、らん。そして、顔が崩れてくると、あたいを噛み殺そうとしたしっぺい太郎を思い出して、恐ろしさに震えていたのじゃ、ぬっぺ、ぬっぺ。

 祭りの晩、あたいは、この時が一番、怖い。一番顔が崩れているときじゃからのう。そして信州信濃でのこと。子どもの顔を盗ろうとしたとき、いきなりしっぺい太郎が現れたんじゃ。あたいが一番会いたいしっぺい太郎が、一番恐ろしい顔してあたいに噛みついてきたのじゃ。あたいは祭りのたびに、恋しいしっぺい太郎の、あのときの恐ろしい顔を思い出すんじゃ。

 

そして、今年の祭りの晩。あたいは、また、新しい顔を手に入れるはずじゃった。それなのに、白木のおひつから飛び出してきたのは、なんとあのしっぺい太郎だったのじゃ。あたいは、また、一番ひどい顔で、しっぺい太郎と出会った。あたいは驚きと恐ろしさで凍り付いた。あたいが叫ぶ間もなく、しっぺい太郎はあたいに噛みついてきた。あたいは振りほどこうとした。太郎は離さなかった。あたいは逃げ回った。太郎は、噛みついたまま、決してあたいを離さなかった。

「太郎、あたいは、ずっと、おまえを思っていたんじゃ、ぬっぺらん、らん」

「ううー、ううう。」

太郎はただ、ただ、うなった。そして、さらに激しく、あたいに噛みついてきた。あたいの毛皮は食いちぎられた。

「太郎、太郎。あたいはおまえを・・」

あたいがどんなに叫ぼうと、太郎は力をゆるめなかった。

それでもあたいは叫び続けた。

「太郎、太郎―――。」

しっぺい太郎はひるまず、ひたすら、あたいを噛み続け、あたいは逃げ回り、あたいの毛皮はぼろぼろに破れ、臓腑が飛び出した。

「しっぺい太郎、あたいは、おまえを・・」

もう声が出なくなった。

とうとう、しっぺい太郎はあたいの心の臓に噛みついてきた。

「太郎、あたいは、おまえと戦うつもりはなかった・・」

もう、最期だと思った。

「太郎・・・あたいは・・おまえに・・・きれいな顔で・・・会いたかった・・・・・ぬっぺ・・らん・・ら・・ん・・・」

あたいの目のない目から涙があふれ出した。

「太郎・・・」

太郎は、それには答えず、さらにかぶりついてきた。

しっぺい太郎の鋭い牙があたいの心の臓を刺し貫こうとした。

その時、あたいはぼろぼろにされた毛皮と臓物を脱ぎ捨て、小さなネズミになって、逃げ出していたのじゃ。子どもムジナも傷ついた体を脱いで、子ネズミになって後に続いた。

 気がつくと、あたいはばばさの家にいた。あたいと子どもムジナは、ネズミに姿を変えて、山の中の一軒家のばばさの家に転がり込んでいたのじゃ。

しっぺい太郎に襲われたときは必死だった。どうやって、ネズミに化けたのか、わからない。子どもムジナも、それぞれ、みんなネズミに変わっていたから、ムジナは殺されそうになると、小さなネズミに変わるんじゃろう・・。

 ただ、あたいの顔だけは、ネズミになっても、真っ平でぬっぺりのままだったよ、ぬっぺらん、らん。

 

 山の中のばばさの家では、急にネズミが増えたようだった。壁の穴を出入りするネズミを見て、じじさを亡くしたばかりのばばさは、

「おやおや、かわいいネズミさん、にぎやかだね。」

と言って笑ったとさ。

 

おしまい。

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令和2年霜月 曇り空の下で

 

切り絵 悠久城絵師 きらら こと 酒井晃

 

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種本収録   2020年11月8日

「しっぺい太郎」

新潟のむかし話2こわくてふるえる話

新潟県学校図書館協議会編2006年

https://www.youtube.com/watch?v=suJ5TLkfiFU

 

パスティーシュ第4弾 2020年11月16日収録

「ムジナぬっぺらんの語り」

https://www.youtube.com/embed/-Cf_HOqMOYM