誰も助けてくれないとき、あなたならどうする? もっと助けてくれそうな人を探す?そうね。それもひとつね。でも探しても見つからなかったら?
うーん。とりあえず、寝て待つわ。じたばたして疲れるよりましでしょ。
新潟のむかし話2「猿むこさ」を読んだ人々は、みな、口々に言うのだった。
「もともとはじいさまが言い出したことだったんでしょ。日照りの田んぼに水をかけてくれたら、娘のひとりをやるって。」
「そうよね。」
「でも末娘は、日照りを救ってくれた猿をうまく誘導して川に落としてしまった。このお猿さん、死んでしまったなんてかわいそう。そう思わない?お猿さんはどう思っていたのかしら?お猿さんの人生はどうなってもいいっていうことなの?」
そこで、私は、川に落ちた猿に取材を試みた。以下は、みなしご山猿きっきの陳述である。
おいらは山猿きっき。生まれたときのことは、なーんにもわからね。おいらを生んだかかさのこともわからね。気がついたときには、木の枝にのっかって、川を流れていたよ。どんぶら、きっき、どんぶら、きっき。
すると、山の神様がおいらを見つけた。
「おーお、みなしご山猿じゃ。」
「きっき、きっき。」
おいらは叫んだ。
それでおいらの名前は、みなしごきっきになった。
山の神様は、おいらを川から拾い上げて、おいらに米の汁を飲ませたよ。
おいらはすくすく大きくなった。そして山の神様にお仕えしていたよ。
山の神様は、山を見たり、村を見たりしておるのじゃ。おいらも、そのあとについて行くよ。
今年の夏は日照りつづきじゃった。田んぼの水が干上がっていた。村のしょはそれを見て泣いていた。
「これじゃあ、今年は米が一つぶも取れね。」
村のしょは雨ごいをした。それでも雨はふらなかった。それで、娘を人身御供に差し出すというていた。
山の神様がおいらにいいなすった。
「ほれ、きっき。田んぼに水、かけてやれ。」
「きっき、きっき。わかったよ。」
おいらは、山から田んぼに水を引いた。田んぼに水が流れた。次の日には、もっと水が流れていた。
村のしょは大喜びした。だども三人娘をもったじさまの顔は真っ青になっていた。じさまのうちの末娘が村で一番かわい
かったからだ。
「娘にお迎えがくる。」
じさまは震えながらいった。
山の神様はにんまりとしていった。
「きっき、娘を迎えにいってくるのじゃ。村で一番かわいい娘じゃ。」
「きっき、きっき。わかったよ。」
おいらは、じさまの家に行った。じさまと姉娘が泣いておった。末娘がいった。
「じゃあ、行くよ。」
おいらは末娘と手をつないだ。娘っ子と手をつなぐのは、はじめてじゃ。
きっき、きっき。楽しいな。山道になったから、おいらは娘っ子をおぶった。
「なあ、娘っ子。なんで、じさまとあねさは泣いていたのじゃ?」
「そりゃ、きっき、おまえが迎えにきたからじゃ。」
「おいらが、そんなにこわかったかの?」
「いいや、きっきはそんなにこわくない。じさまは、山の神様がこわいのじゃ。山の神様が、あたいを食べるというとった。あねさもいうとったぞ。山の神様は自分が醜女(しこめ)なもんで、かわいい顔のおなごが大嫌いじゃ。かわいい顔の子を見つけて山につれてきて食べるんだと。」
「ふーん。山の神様はそんなにこわい顔かの。だども、娘っ子を食べたりしないよ。おいらを米の乳で育ててくれた。おいらの母がわりじゃ。山の神様は娘っ子を食べないよ。」
「ああ、なーんだ。そうなんだ。あたいは、山につれていかれて山の神様に食べられるのかと思って、ひやひやした。」
「いやあ、山の神様に奉公するのじゃ。神さまのやしろの水くみじゃろう。山の神様も年とってきたでの、娘っ子をそばにおきたいのじゃ。手伝いの子がほしいのじゃろう。」
「ふーん。そうか。水くみになるのか。でも、あたいは山の神様に奉公するより、きっき、おまえと遊んでいたいな。」
おいらは、娘っ子を背中からおろして一休みした。
おいらも娘っ子と遊んでいたいな。だども、山の神様のいいつけじゃ。娘っ子を山の神様のところにつれていかなければならないよ。
きっき、きっき、どうしよう。
おいらは、一休みしていたつもりだったが、三日三晩もたっていた。
きっき、きっき、たいへんだ。山の神様が怒っているよ。
娘っ子がいった。
「きっき、きっき。あたいは、おまえと遊んで楽しかった。いっぱい遊んだから、もう家に帰るよ。」
「そうか。山に行かないで、家に帰るか。そうするかー。じさまが心配しとるじゃろうしのう。じゃあ、じさまのみやげに餅をつこう。」
娘っ子とふたりで餅つきをした。ぺったん、きっき、ぺったん、きっき。
餅がつきあがった。おいらは臼ごと、餅をかついだ。
「きっき、おまえ、そんな臼まで担いだら重たかろうに。臼はおいて、重箱にでも入れればいいじゃろうに。」
「いやあ、臼に入れた方がいいのじゃ。そのほうが、餅が長もちするよ。」
「ふーん。そうかのう。きっき、おまえは力もちじゃのう。」
おいらは臼を背中にくくりつけて、娘っ子と手をつないで、山道を下った。
お天気がよくて、気持ちのいい日じゃったよ。川べりの崖っぷちの木に、きれいな花が咲いていた。
「ああ、きれいな花。きれいな花が咲いている。」
娘っ子が歌うようにいった。
「きっき、きっき、きれいだね。」
おいらもいった。
「とってきてあげるよ。」
おいらは餅を臼から出して娘っ子に預けて、木に登った。
「あっ、もう少し。」
「きっき、きっき、もう少しだ。」
おいらは手をのばした。おいらののっかっていた枝がたわんだ。
よーし、もうちょっとで花に手が届きそう・・・。おいらは、もうちょっと、もうちょっとと、手をのばした。あっ、届いた。えいっ。ポキッ。花の枝を折った。そのとき、バキッ。おいらののっかっていた木の枝も折れた。おいらは臼といっしょに川に落ちた。バシャーン。
きっき、きっき、いたたたたー。
おいらは、臼にのって川を流れた。どんぶら、きっき、どんぶら、きっき。
「おーい、きっきー、どこにいくんだー。」
娘っ子が崖の上で叫んでいた。
おいらは花の枝を娘っ子に向かって投げた。
「おーい、娘っ子、餅を持ってじさまのところへ帰れー。」
おいらも臼の上で叫んだ。
「元気でなー。じさまには、山の神様に新米をお供えしてお参りしてくれというてくれ。」
「きっきー、きっきー。まってよー。」
娘っ子はおいらを追いかけて、崖の上を走っていたが、そのうち見えなくなった。
どんぶら、きっき、どんぶら、きっき。
おいらはそのまま川をくだっていったよ。
どんぶら、きっき、どんぶら、きっき。
娘っ子は一人でも、じさまのところに帰れるじゃろう。
おいらは、山の神様のいいつけにそむいたから、もう山には帰れない。川をくだって、新しいご主人を探そう。
どんぶら、きっき、どんぶら、きっき。
川幅が広くなってきた。信濃川だ。川べりの草がそよいでいた。
「陸にあがったら、もしかしたら、きっきを生んだ本当のかかさに会えるかもしれないよ。」
草が誘うように、おいらにそういった。
そうだな、そろそろ陸にあがってみようかな。
きっき、きっき。きょうはいい天気。
おしまい
令和3年弥生 春風の日
種本 「猿むこさ」
新潟のむかし話2 こわくてふるえる話
朗読動画 2020年6月13日収録
https://www.youtube.com/watch?v=jcQqGqh31Vk
令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間
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