悠久城風の間 blog語り部のささやき

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「木のまたvs.楢山」

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新潟のむかし話の「木のまた年」を読んで、ぎょっとするのは、木のまた年の定めでは61歳になったら山に捨てられるということである。

61歳?

当市では65歳になると高齢者と名付けられ、市から介護保険証なるものが送られてくる。しかし大抵の人は、高齢者と呼ばれることには釈然とせず、介護保険証はそこらへんに投げおくか、引き出しの奥底にしまいこんでしまうかして、その存在すら忘れてしまうのである。

むかし話の時代は平均寿命は40歳を超えてはいないだろうから、61歳というのは平均寿命の少なくとも1.5倍ではあり、食糧難の村で山に捨てられるのも文句は言えないのかもしれない。

現在、平均寿命が85歳としてこれを1.5倍すると人類の生命の壁といわれる120歳は優に超える。長寿者ランキングを見ても男性の1位は112歳。女性の1位は117歳となっていた。120を超えてはいない。現代の国家機関が、むかし話にならって山に捨てる人の年齢を平均寿命×1.5と決めたとしても120歳以上で生存する可能性はほぼないから、この定めは全く実効性がないことになってしまう。

この計算をして、めでたしめでたし、と一応わたしは安心する。

 

ところで姥捨て山といえば、「楢山節考」を思い出す。

わたしは昔、この話を読んで、いたく心を揺すぶられたのだと思う。なぜなら、ラブミー牧場に深沢七郎を訪ねて行ったのだから。まだ少女のようなわたしは、多分人生に迷っていて、漠然とした問いを抱えて、このおじさんから何かを教えてもらいたかったに違いない。しかし、その答えは、お茶請けのおまんじゅうのようには、甘く、柔らかく、一口大で食べやすく差し出されるはずもなかった。

深沢七郎は、むっつりとしていて、ギターを弾き、小説を書き、農業をやっていて、それはわたしには理想的な生き方とみえたと思う。わたしはラブミー牧場に住み込んで弟子にしてくださいなどと頼み込むほどの度胸はなかったであろうが、そこから帰って、とりあえずギターを習い始めたのだった。わたしの爪は柔らかくてすぐに欠け、手の指が短く、握力もなく、ギターを弾くには不利な手だと直ぐに気づいたのだった。さらにそれから四半世紀ほどもたつと、そろそろわたしも新人賞ぐらいもらってもよさそうな頃だと思い、受賞の知らせで慌てないように着物を誂えておいたのだった。

しかし、それからさらにもう四半世紀が経過した今日この頃だが、その着物は一度も着られることなくタンスの中で出番を待っている。選に落ち続けたのではなく、まだひとつも書いていないのだった。それでも、ずっと土へのあこがれだけは持ち続けていたが、これも口先だけで、植木鉢の植物も買うたびに枯らしてしまうありさまである。

そんなこんなで、あれからわたしの半世紀は過ぎた。

 

今、改めて楢山節考を読み返してみると、ここでは山へ行くのは70歳となっている。

木のまた年より年長に設定してあることに少しほっとする。

深沢七郎自身が亡くなったのは73歳というから、70歳くらいが彼の実感にはあっていたのだろう。

物語の当時は乳幼児の死亡率が高いために平均寿命は低くなっているだろうが、この物語のなかでは70歳に達する老人が村に、そんなにいないわけではない。

たった22軒しかない村なのに、その年はおりんばあさんと隣の又やんとが70になって、山に行く人が二人もいるのである。おりんの実家の母も姑も山に行ったというし、楢山の描写では白骨や屍が累々としていて、この制度が村で長年、継続され、適用を受ける人が多くいたのだ。

木のまたでは、制度を定めたのが殿様であるのに対し、楢山では山の神であり、それゆえ、その拘束力は絶対である。

いずれにせよ、読んで心が引き締まるのは、おりんも木のまたのばあさも運命を静かに受け入れていることである。

おりんは3年も前から筵を用意したし、火打石でたたいたり石臼にぶつけたりして歯を折ったりしていたのだ。山に行くのを嫌がって暴れ、荒縄に縛られ、谷から突き落とされる又やんに比べ、おりんはしっかり覚悟ができていた。嫁がゆっくり行くようにと言っても、おりんは、「とんでもねえ、早くいくだけ山の神さんにほめられる」と言う。

そして、胸を突かれるのは、おりんも木のまたのばあさも、自分を背負って山に捨てに行かなければならない息子をかわいそうに思っていることである。

自分の覚悟と、息子のつらさ。それも自分たちの属する村社会を生かし続けるためだっただろう。自分の命は有限でいつか終わりがあっても、できたら、うまく次の世代につなげたいというおりんの思いを、筵にすわるおりんに降りしきる雪もわかっているような気もする。

 

 

令和2年如月  感染を恐れて厚着してみた日

 

悠久城風の間   http://yuukyuujyou.starfree.jp/

 

Works 旅の声 2020年2月 18日収録

「木のまた年」

新潟のむかし話 新潟県学校図書館協議会編

https://www.youtube.com/watch?v=ycHB6vzEjTA&t=7s