そりゃね、出会った頃にはね、あの人も澄んだ瞳でわたしを見た。そういうときもあったわ。いつからかしら。あの人の目がわたしに向けられなくなったのは?
それである時、わたしはのぞいてみたの、あの人の目を。そしたら、なんか、どろんとしていただけ・・・。
あの人の目玉を10年前のに取り換えたいわ。
新潟のむかしの話2「山賊の弟」を読んだ人々は、みな、口々に言うのだった。
「兄と弟とは大違い。兄は乱暴者で山賊になった。弟は心やさしい働き者。いくら貧乏で食べるのに困っても、山賊になるのはちょっとねえ。」
「山賊の兄は、家でも気にいらないことがあるとお花さんの髪を引っ張って引きずり回したりしていたよね。DV男でしょ。お花さんは、よくこんな男の嫁になったわね。いつまでも山賊といっしょになっていないで、早く逃げ出したほうがよかったんじゃない?」
そこで、私は、山賊の女房、お花に取材を試みた。以下は、山賊女房お花の陳述である。
あたいは山賊女房、お花じゃ。越後の山奥の生まれさ。15、6になったころ、幼馴染の長三郎が
「この村では食べていけん。おれは町に出て働く。お前もいっしょに行かんかのう。」
というので、あたいもいっしょに町に出た。
あたいは小間物屋で働いた。長三郎は米問屋で働いた。
長三郎は侍になるんだと言って、剣道の道場にも通っていたさ。米問屋では、一生懸命働いたが、番頭どんが意地悪で、長三郎にばっかり、水くみだの、まき割だの、米つきだの、つらい仕事をやらせるんだと。
三年めの大晦日に、長三郎は遠くのところまで米代のかけ取りにやらされた。大雪の晩で、雪をこざいて、やっと帰ると、番頭どんたちは、晦日のごっつぉうも、餅も食べていた。長三郎は疲れてはらぺこだった。自分もごっそうを食べられると思ったのに、番頭どんは、餅を食べながら、
「ごっつぉうの前にお前は水くみじゃ」
といいつけるんだと。長三郎はもう、辛抱できんくなった。思わず、手が出た。番頭どんを殴りつけていた。番頭どんは、口を餅でいっぱいにしていたから、殴られた拍子に、餅がのどに詰まって死んでしもうたんじゃ。大さわぎになって、長三郎はかけ取りの金を持って、逃げ出したんじゃ。
そんで、長三郎はもう、真面目に働く気はなくなった。腕っぷしが強いのをみこまれて、山賊の親分に声をかけられた。山賊稼業ではめきめき頭角をあらわして、何年もたたないで、長三郎が親分になったさ。
あたいは、長三郎の女房になったが、長三郎はますます乱暴者になっていった。気に入らないと、誰にでも、すぐに、
「切り捨てるぞ。」
って、あんまりあこぎなことをするんで、手下もみんな逃げてしもた。それで残ったのはあたいだけ。山のすみかで長三郎と暮らしておった。
ある日、戸を叩くものがおった。
「長三郎ではないし、だれじゃろう・・・。」
恐る恐る戸を開けると、
「旅のもんだが、道に行き暮れてしもうた。下の分かれ道で、お侍さんに道を尋ねたら、こっちだというから、きたけんど、山が深くなるばかりじゃ。今夜一晩、泊めてもらわんねろか。」
また、うちの人が旅の人をだまくらかしたな、と思った。
若い男しょだった。
「お前さん、どこから来たね。」
男しょは、黙ってあたいを見ていたが、急に、
「あねさは、お花さではないかね。」
と言い出した。あたいも男しょを見つめた。
「あっ、お前は、亀?亀か?」
「おお、亀じゃ、亀じゃ。お花さ、久しぶりじゃ。」
あたいは大きくなった亀に、10年ぶりで会ったのじゃ。あの泣き虫が、りっぱな若者になっていた。それから積もる話じゃった。亀は町の材木問屋に奉公に出ていた。その問屋の旦那さまにみこまれて、跡継ぎにという話があるのだという。それで、ひとまず国元に帰って親と相談してということになったのだと。
「じゃ、あの分かれ道で俺に道を教えてくれた毛もくじゃらのお侍が、おれの兄の長三郎とな?」
「毛もくじゃらで、顔も、ようわからんようになっておろうが、お前の兄じゃ。」
そこに、足音がした。
「親分のお帰りじゃ。早く隠れて。親分は旅の者を身ぐるみ剥いで、あとは谷に投げ捨てるのじゃ。お前が弟というても何するかわからん。さっ、早く、早く。」
「今、だれか来ただろう。話声がしたぞ。」
「いいや、誰も来んが。」
「いいや、来た。ふもとの分かれ道で、こっちに来る道を教えてやった。その男が来たはずだ。獲物が来たはずだ。臭いがするぞ。」
「なに、言っているんだよ。おまえさん。さ、座って。きょうの稼ぎはどうだったんだい。」
長三郎は機嫌が悪かったから、あたいは急いで酒を勧めた。
「ささ、飲んで。飲んで。こんな日は飲むにかぎるさ。」
長三郎は大酒を飲み、疲れていたのか、すぐにいびきをかいて眠ってしまった。
「ごー、ごー。」
あたいは押し入れに隠れていた亀に言った。
「明るくなったら、すぐにここを出て逃げて。古いけど、この刀を持って行って。」長三郎が盗んできたガラクタの中から、それでも少しは使えそうな刀を一本、亀に渡した。
亀はじっとあたいを見つめていた。
「お花さ、お花さもおれと一緒に逃げよう。」
「何をいっているのさ。あたいは山賊の長三郎の女房だよ。」
亀は黙ってあたいの顔を見続けていた。あたいは、押し入れの戸を閉めた。
夜明け前に、押し入れの戸が静かに開いた音がした。どうやら、亀は出かけたらしい。あたいはほっとした。
それから幾日かたった。あたいはその間、亀のことばかり考えていた。亀は10年前の長十郎と同じ目をしていた。あたいが長三郎と村を出たとき、長十郎はあんなまっすぐな目をしていたのだ。それから町に来て、はじめは真面目に働いていたのに、続かなかった。今では大悪党(だいあくとう)だ。あたいはその女房。あたいのからだにも長三郎の悪のにおいがしみ込んでいる。
あたいは急に10年前に戻りたくなった。
そのとき、ことりと音がした。
「お花さ。」
亀だ。亀が戻って来た。
奥から長三郎が、足を引きずりながら出てきた。そして怒鳴った。
「なんだ、お前は?」
「あんにゃさ、俺だ。亀だ。わかるか?お前の弟の亀だ。」
「弟だと。お前はこの前、この下の道で出会った獲物・・・?」
「よく見てくれ、弟の亀だ。今は説明しているひまはないんだ。役人があんにゃさをつかまえに来るんだ。だからいっしょに逃げよう。」
「役人が来るだと。」
「あんにゃさの手下が教えたらしい。大勢であんにゃさをつかまえにくる。だから、今すぐ、ここから逃げよう。」
「お前はそれをおれに教えにきたのか。」
「さあ、あんにゃさ、早く三人で逃げよう。」
長三郎は、ポカンと亀の顔を見ていた。
「そうだ、亀だ。お前は亀だ。おれの弟の亀だ。」
「あんにゃさ、やっと思い出してくれたか。あんにゃさ。」
「おれは足を怪我している。遠くまで逃げられん。」
「何を言っているんだ。あんにゃさ、俺の背中におぶされ。」
「亀、おれはさんざ、悪さをしてきたんじゃ。さんざ人殺しをしてきたんじゃ。逃げてもいつかつかまる。花を頼む。亀、花を連れて行ってくれ。花をおぶって連れて行ってくれ。さあ、早く行ってくれ。」
長三郎はだんだん涙声になっていた。
そして無理やり、あたいを亀に背負わせた。
「早く、行け。亀。」
亀の背中におぶわれたあたいを強く押した。
「あんにゃさー。」
亀はつんのめるようにして、山のすみかを後にした。
あたいは亀とふるさとに帰った。
亀は、あたいが渡した古い刀を町で金に換えていた。それは政宗の名刀だったという。亀はその金で田畑を広げた。あたいも野良仕事に精を出した。
あたいは亀の目を見るたびに長三郎の悪が薄らいでいくようだった。あたいは10年前にもどっていた。亀の目の中に長三郎もいた。
あたいは亀と、めおとになった。
おしまい
令和3年弥生 雪解けの日
作 楯 よう子
影絵制作 きらら
種本 「山賊の弟」
新潟のむかし話2 心をうたれてじーんとする話
朗読動画 2020年8月10日収録
https://www.youtube.com/watch?v=tpwKTWYXH2o&t=375s
令和からの紙芝居と語り 悠久城風の間
ホームページ http://yuukyuujyou.starfree.jp/