悠久城風の間 blog語り部のささやき

悠久城風の間の語り部 楯よう子のささやき

トラにゃーごの語り

f:id:yuukyuujyou:20200922124307j:image

新潟のむかし話2「猫檀家」を読んだ人々は、みな、口々に問うのだった。

「どうして姫君の棺桶が天につり上がって、動かないでいるの?」

「トラが姫君の棺桶を操っているの?」

「いったい、トラって何者?」

そこで、わたしは、トラに取材を試みた。以下はトラの陳述である。

f:id:yuukyuujyou:20200922125217j:image

わらわは、トラにゃーごじゃ。天子様の姫君にお仕えしておったにゃー。

姫君は蹴鞠がお好きじゃ。わらわは、いつも姫君のお相手でにゃーご。

姫君は、

「ほら、トラにゃーご。」

と、わらわをお蹴りになる。わらわは、

「にゃーご、にゃーご。」

と、空を飛んで姫君の足元に落ちる。

すると、また姫君は

「ほら、トラにゃーご、トラヤアヤア。」

と、わらわをお蹴りになる。わらわは、

「にゃーご、にゃーご、トラヤアヤア。」

と、空を飛んで姫君の足元に落ちる。

わらわは、柳の木を越えて「にゃーご。」

桜の木を越えて「にゃーご。」

姫君の足元にストンと落ちたときの姫君の喜びよう。

「わあ、トラヤアヤア、トラヤアヤア。」

「にゃーご、にゃーご、トラヤアヤア。」

毎日、毎日、蹴鞠じゃった、にゃーご。

 

そのうち、姫君は

「ひめも飛ぶ。」

と、いわっしゃったにゃー。

わらわは、姫君も飛ばせてあげた。

「ほら、姫君。」

姫君は、柳の木を越えて飛んだ。桜の木も越えて飛んだ。

姫君も

「にゃーご、にゃーご、トラヤアヤア。」

と飛んで、木の根もとにストンと降りたにゃー。

姫君は手をたたいて喜んだ。

姫君は、こんどは

「トラにゃーご、もっと、もっと高く飛んで。」

と、いわっしゃったにゃー。

「トラヤアヤア、高く飛びまするにゃーご。」

「それそれ、ほら、トラにゃーご、トラヤアヤア。」

姫君は、力いっぱいお蹴りになった。

わらわは、力いっぱい飛んだ。

柳も桜も、楓も松も、軽々と飛び越えた。風に乗った。雲に乗った。

「すごいにゃー、すごいにゃー。高いぞにゃー。」

雲の上から都が見えた。

「トラにゃーご、トラにゃーご、トラヤアヤア。」

姫君の声が、だんだん小さく遠ざかった。

 

その時、

「ハッ、ハッ、ハックショーン!」

いきなり強い横殴りの風が吹いた。

天狗どんのくしゃみだったにゃー。

そろそろ姫君の足元に降りようとしていたわらわは、くしゃみの風に吹き飛ばされた、にゃーご。そして、雲ごと飛んで、飛んで、にゃーご。越後の山々を越えた。

気がつくと、西山日光寺前の山道に転がっていたのだ、にゃーご。

すっかりくたびれ切ったわらわは、山寺の奥さんに拾われた。

それから、毎日居眠りして、すごしていたんじゃ、にゃーご。

 

あれから、どのくらい居眠りしていたのか、にゃーご。

お腹がすいても、貧乏寺ではごっつおは出なかったにゃー。

あるとき、奥さんが、めずらしく、魚のごっつおを出してくれた。

わらわは、大喜びでいっぱい食べた。

急に元気になったにゃー。

山道を歩いていたら、姫君の声が聞こえた。

「トラにゃーご、どこどこ?ひめも飛びたい、ひめも飛びたい。」

居眠りばっかりしていて、姫君のことをすっかり忘れていたにゃーご。

わらわは魚を食べたから、力が出た。

「姫君。今、参ります、にゃーご。」

ひとっ飛びで都の姫君の元へ帰った、にゃーご。

ところが、姫君はもう棺桶の中に入れられていた。それでも

「トラにゃーご、ひめも飛びたい、飛びたい。トラヤアヤア。」

と、いわっしゃったにゃー。

わらわは、姫君を飛ばせてあげなければと、

「ほら、姫君、トラヤアヤア。」

わらわが、声をかけると、姫君の棺桶は、浮かび始めた。柳の木を越えて、桜の木も越えてて、シズシズと飛び始めた。

楓の木、松の木・・

そして、天の途中で、ピタッと止まった。

f:id:yuukyuujyou:20200922130120j:image

天子様のお庭で、姫君と蹴鞠をして遊んだ、あれからどのくらいの時が流れていたのだったろう、にゃーご。

わらわは年取ったみたいだし、姫君も大きくなられて、棺桶の中だ、にゃーご。

西山日光寺でいただいた最後の魚パワーも切れてきた。

姫君の棺桶は、たいそう飾り立てられていて重かったにゃー。

もっと高く飛ばせることもできないし、静かに地上におもどしすることもできなくなった、にゃーご。

地上を見ると、大勢の家来衆やお坊様たちが騒いでいたにゃー。

天子様は姫君の葬式をするのだと、にゃーご。

わらわの力では、もう姫君の棺桶を天に昇らせることはできないにゃー、にゃー。

「姫君さま。トラにゃーご、力がつきましてございます、にゃーご。」

「ひめは、飛びたい、飛びたい。天まで飛びたい。トラヤアヤア。」

「棺桶は重うございますにゃーご。このままでは天までは飛ばれませぬにゃー。」

「トラにゃーご、どうしたらいいの?」

「お葬式をお済ませになってにゃー、軽くなられたら、天まで飛ばれましょう、にゃーご。」

 

その時、奥さんの呼び声が聞こえた。

「トラヤア、トラヤアヤア。どこにいるんだー。」

「そうだ、西山日光寺の和尚さんに頼もう、にゃーご。」

と、気がついたにゃー。

和尚さんから、棺桶を下ろしてもらえばいいにゃー。

そしたら、天子様がお葬式を出せるにゃー、にゃー。

姫君が軽くなられたら、天に昇れる。わらわは、天に昇るお供をいたしましょう、にゃーご。

うれしいにゃー。姫君と一緒に天まで飛べる、にゃーご。にゃーご。それそれ。

「さあ、姫君。しばしお待ちを、にゃーご。」

「トラにゃーご、一緒に飛べるの。たのしい。トラにゃーご、たのしい。トラヤアヤア。」

にゃーご、にゃーご、それそれ。

 

そして、ようやく、西山日光寺の和尚さんの声が聞こえてきた、にゃーご。

「南無トラタンノウ、トラヤアヤア----」

f:id:yuukyuujyou:20200922130326j:image

令和2年長月 秋の気配

 

切り絵 悠久城絵師 きらら こと 酒井晃

 

悠久城風の間  http://yuukyuujyou.starfree.jp/

Works 旅の声 2020年9月22日収録 

新潟のむかし話2「猫檀家」

心をうたれてじーんとする話

新潟県学校図書館協議会編2006年

https://www.youtube.com/watch?v=Nsrqy1euk1Y&t=55s